公開日
PRP卵巣注入療法が次の一歩へ。
卵巣機能が低下していても、諦めるのは、まだ早いかもしれません。
【木下レディースクリニック 木下孝一先生】
PRP療法をはじめたきっかけは?
PRP(多血小板血漿)は、これまでに若返り、脱毛、関節炎など、美容整形外科だけでなく、皮膚科や整形外科、歯科などでも用いられていますが、確立された治療法はまだ存在せず、現在も有効性を判断するための研究が行われています。
不妊治療、生殖医療では、何度と胚移植をしても着床しないケースに対して、PRPを子宮へ注入することで妊娠の可能性が高まる子宮内注入法が知られています。当初は、子宮内膜が厚くなるといわれていましたが、内膜が厚くなることよりも子宮を着床しやすい環境に整えると考えたほうがいいでしょう。少しずつ症例数の多い論文で効果が認められるという報告が見られるようになり、また実際に治療を行っている医師の話からも、子宮内膜が厚くならないケースも多いが着床する、また妊娠継続するケースが多いことがわかってきました。
そして、私が注目するのは卵巣機能が低下している人、閉経に近い人などを対象としたPRP卵巣注入療法です。これまでこのようなケースの場合、ホルモン療法などをしながら卵胞が育ってくる周期を待って採卵して体外受精をするか、摘出した卵巣から得た卵巣組織を培養して卵管へ戻し、そこで育った卵胞から卵子を採取するIVA(in vitro activation:卵胞活性化療法※)に臨むかでした。
前者は、繰り返し繰り返し行っても卵胞が育たない周期が続く可能性もあります。後者は、卵巣を摘出しなければならず、選択肢としてはハードルが高い方法です。
これまで卵巣機能が低下している人、閉経に近い人は、この両極端な2つの選択肢しかありませんでした。そこへ登場したのがPRP卵巣注入療法です。
自分の血液から抽出したPRPを卵巣へ注入することで卵巣機能の改善が期待できるといわれ、少しでも早く悩んでいる患者さんに選択肢として案内できるようにしたいと、私自身も待ちに待った治療法です。子宮内環境でも改善効果が認められ、その効果が報告として上がってきていますが、卵巣機能改善のためのPRP卵巣注入療法のほうが求められている治療だと考えています。
私たちのクリニックでも、PRP子宮内注入法を導入し、その1年後にPRP卵巣注入療法も導入し、治療をはじめています。
PRP卵巣注入療法とは?
PRP卵巣注入療法は、先ほどもお話したように卵巣機能が低下している人、閉経に近づいている人が対象になります。具体的には、卵胞が育たない人、卵巣刺激をしても採卵ができない人、AMHがゼロに近い人など限りなく閉経に近く、これまでに採卵を経験したことがないケース、また卵巣刺激をしても1~2個程度しか卵子が確保できない人、数カ月以上採卵ができていない人など体外受精における卵子の確保が難しいケースなどです。
このような人を対象に患者さん自身の血液から、高濃度の血小板(PRP)を抽出して卵巣内に0.5mmずつ注入します。
注入方法は、エコーで確認しながら採卵を行うように腟壁から卵巣へと針を進めて注入し、この約3カ月後に2回目のPRP卵巣注入療法を行います。
PRPを卵巣へ注入するまでは約3回の通院で行えるようにしています。1回目の通院は、月経中にきていただき、PRP卵巣注入療法に関する説明と同意書を渡し、血液検査とエコー検査をして卵巣の確認をします。この時、エコー検査で卵巣が確認できないほど萎縮してしまっている場合は、残念ながらPRP卵巣注入療法の対象となりません。卵巣がどこかわからなければ、PRPを抽出できても注入できないからです。
PRP卵巣注入療法を受ける場合は、2回目の通院は1週間後になります。血液検査の結果をお知らせするとともに、同意書を確認しながらお話をします。
3回目の通院は、PRP卵巣注入療法を受ける日になります。
できるだけフレッシュな状態でPRPを注入したいので、1日に1人を対象に採血から遠心分離、そして、PRPの抽出から卵巣注入と最短の時間でできるようにタイムスケジュールを組んで実施しています。
PRP卵巣注入療法を始めて思うこと
治療を始めて感じたことは、患者さんたちの期待の強さです。それは、私以上に待っていたのだなと感じています。
卵巣機能が低下し、閉経が近い人の場合、赤ちゃんを授かるのは難しいかもしれないよ、と最初から厳しいことを話さなければならないケースもあります。赤ちゃんを授かりたいと願い、体外受精に臨んでいるのに、卵胞が育たず採卵することができなければ、治療のスタートラインに立てません。
それは、とても不安で心配で辛かったことと思います。ですから、PRP卵巣注入療法への期待は大きいのでしょう。
ただし、効果については現状を理解していただく必要があります。
血小板には出血を止める作用のほかに、細胞の成長を促す物質や免疫にかかわる物質が含まれていますが、PRPはこれを抽出しています。このPRPがどのように卵巣に作用するのか、そのメカニズムはまだよくわかっていません。また、実施施設も少なく、十分なデータが揃っていないため、患者さんに「どれくらい改善するのか」「どのくらい採卵数が増えるのか」という具体的なデータを数字で示すことができません。具体的なデータを示すためには、治療施設ごとの成績だけでなく、実施している治療施設のデータをまとめて患者さんに示すことが重要です。
これから症例数が多くなれば、いろいろわかってくることもあり、今後は、患者さんにデータを示しながら説明ができるように、施設の垣根を超えて、データを積み上げていかなければなりません。
知っておいて欲しいこと
PRP卵巣注入療法への期待が大きいことは、患者さんの様子やお話からもよくわかるのですが、少し勘違いをされている人もいます。PRPを卵巣に注入することによって期待できるのは、卵巣の環境が改善して卵巣に残されている卵胞が発育するようになることです。なかにはPRPによって新しく卵子になる細胞が作られるようになる、卵子の数が増えると期待されている人がいますが、そうではありません。
そのため、卵胞の発育や卵子の数が減少すること、月経のことなど基礎的なことと、論文にあげられている症例ごとのPRP卵巣注入療法の状況を話しながら、過度な期待をさせないよう情報提供することに努めています。
大切なのは、PRPを卵巣へ注入してから
PRP卵巣注入療法は、卵巣に注入したら完了ではなく、卵子の確保が目標ですから、そこからが大切です。PRPを卵巣に注入したあと、卵巣の変化や卵胞発育の様子、体調など、さまざまなチェックをしていきます。
閉経に近づくと卵巣はだんだんと小さくなっていきますが、PRPを注入した直後は超音波では白くホワッとして見えます。
ただ、PRPは意外と吸収が早いため、やがて卵巣は元の状態に戻ったように見えます。どのようなメカニズムかはよくわかっていませんが、PRPが卵巣機能を改善し、2回目のPRPを注入する時には、1回目に卵巣へ刺した感触やPRPを注入する具合などに変化があるかもしれないですね。
私たちのクリニックでは、まだ2回目のPRP卵巣注入療法を行った人はいませんが、ホルモン療法を行いながら、卵巣の変化、卵胞の様子などよく観察し、良い状態になったら、いつでも排卵誘発を行えるように準備します。卵巣機能が低下した人の排卵誘発方法は、低刺激が中心になりますが、その人にあった方法で卵胞の発育を助け、卵子の確保ができるように、年齢、AMH(卵巣予備能)、E2(エストロゲン:卵胞ホルモン)、FSH(卵胞刺激ホルモン)、LH(黄体化ホルモン)などの検査結果や治療歴から検討をします。
一緒に前向きに考えながら一歩、先に進めましょう
PRP卵巣注入療法は、誰にでも必要な治療ではありませんが、待って行う、最後の最後に行う治療でもありません。なぜなら、卵巣機能の低下は、待ってはくれませんし、待っていたら、本当に閉経してしまうかもしれないのです。またPRPは、卵巣機能の改善が期待できますが、卵巣機能が復活するわけではありません。今、なかなか卵胞が育たない、採卵ができなくなってきたと悩んでいたら、卵巣機能改善へのアプローチについて、早めに考えていただきたいと思います。そのアプローチの1つにPRP卵巣注入療法もあります。一緒に前向きに考えながら、一歩を進められたらと思います。
木下レディースクリニック 木下孝一 先生
専門医
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
母体保護法指定医師
経歴
藤田保健衛生大学 産婦人科 助教
東京歯科大学市川総合病院 産婦人科 医師
浅田レディースクリニック 副院長
木下レディースクリニック 理事長
京都IVFクリニック 理事長