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赤ちゃんを授かるために希望へとつなげる新しい治療法卵巣&子宮PRP療法の可能性。
【HORACグランフロント大阪クリニック 井上 朋子 先生】
不妊治療では、「もう何も手立てがない。諦めるほかないの?」という場面に直面することがあります。
体外受精を受けるご夫婦にも、それで悩む方は少なからずいます。
その中には、早発卵巣不全で卵胞が育たずに採卵ができなかったり、何度胚移植をしても着床に至らなかったり、生化学妊娠を繰り返してしまうなど、着床環境に問題があるのではないかと考えられるご夫婦もいます。
赤ちゃんを授かるために始めたはずの不妊治療、体外受精なのに、治療を諦めるということは、赤ちゃんを諦めることにもつながります。
この先、どのようにすれば良いのか、諦めるほかないのかという問いに、HORACグランフロント大阪クリニックの副院長井上朋子先生が丁寧に答えてくださいました。
さっそく、ご紹介していきましょう。
卵子が育たない
なかなか着床しない
でも赤ちゃんに会いたい
体外受精を受ける患者さまには、初回の治療周期で妊娠し、出産に至る方もいれば、複数回の胚移植を経て、妊娠される方もいます。
現在、体外受精には保険が適用され、女性が40歳未満の方では胚移植6回、40歳以上43歳未満の方では胚移植3回を保険診療で受けることができます。
回数制限はあるものの、その中で多くの方が妊娠されています。
しかし、患者さまの中には妊娠できず、肉体的にも精神的にも大きなストレスを抱え、悩んでしまう患者さまもいます。このような場合、治療歴などを検討し直して、患者さまとも相談をして、場合によっては先進医療を用いることで、次の治療周期で妊娠・出産に至るケースもあります。
それでもなかなか妊娠できない場合は、自由診療になりますが、PGTーAやPRP療法をご提案することがあります。
良い胚を何度移植しても着床しない時に対応する検査や治療法
胚が着床しない原因の多くは、胚の質の問題によるものと考えられます。実際、胚の染色体を調べると良好胚と評価された胚の中にも染色体の数に問題があるものが含まれていることがあります。そうした胚の多くは、着床しないか、しても流産になります。そのため、複数回の良好胚移植で妊娠が成立しなかった場合は、胚盤胞の細胞の一部を採取して染色体の数を調べるPGTーAを行い、問題のなかった胚を移植して妊娠を目指す方法があります。
医療法人三慧会(IVF JAPANグループ)では、HORACグランフロント大阪クリニックを含め、このPGTーA(先進医療B*)の実施施設として承認され、約400症例を対象にPGTーAを行ってきましたが、現在は、対象症例数が上限に達したため、新規の登録を中止しています(2024年3月以降)。
この研究の結果から、PGTーAを今後は先進医療Aへ移行するのか、または保険適用化するなどの検討がされていくことと思います。
今現在、PGTーAを希望する場合は、自由診療で体外受精を受けていただかなくてはなりません。
胚の質以外に考えられる原因として、子宮の問題があげられます。例えば、子宮内膜が厚くならないことや、内膜の厚さに特に問題はないのに、何度良好胚を移植しても着床しないなどのいわゆる着床不全です。 良好胚の中には、染色体の数に問題がある胚も含まれている可能性があることに着目したとしても、何度も着床しないとなると、胚の問題ばかりではないことも考えられます。 着床不全の場合、保険診療による体外受精では、先進医療と組み合わせた治療を提案することがあります。例えば、着床の窓の検査、子宮内フローラや慢性子宮内膜炎の検査などと組み合わせ、その結果によっては治療を行って、次の胚移植で妊娠を目指します。
それでも、着床しない、妊娠が成立しない場合は、自由診療になりますが、子宮PRP療法をご提案することがあります。
子宮PRP療法とは
子宮PRP療法は、ご自身の血液から抽出した高濃度の血小板(PRP:多血小板血漿)を子宮へと注入し、子宮内膜の厚さや着床環境を整える効果から妊娠の可能性を高めることが期待できます。
PRPには、成長因子や他の生理活性物質が多く含まれ、それらが子宮内膜組織の再生や修復を促進することで子宮内膜が厚くなる、または着床しやすい環境になると考えられています。また、注入するPRPは、自分の血液から抽出されるため副作用は少なく、安全性の高い再生医療となっています。
私が、このPRP療法のことを初めて知ったのは、ESHRE(ヨーロッパ生殖医学会)での講演でした。
この口演では、卵巣へPRPを注入する治療についての発表で、すごい研究だと衝撃を受けました。当時はまだ日本では取り入れられていない治療法でしたが、その後、国内でも子宮内膜が厚くならないために胚移植ができない、着床しない患者さまへの臨床応用が始まりました。
HORACグランフロント大阪クリニックでは、森本義晴院長のもと、子宮PRP療法を取り入れることとなり、これで辛い思いをしているご夫婦の希望を叶えられるかもしれない! という期待が膨らみました。
HORACグランフロント大阪クリニックでは、2019年10月に厚生局への「再生医療等提供計画」の申請が承認され、子宮内PRP療法を始めました。また現在は、医療法人三慧会(IVF JAPANグループ)すべてのクリニックで実施し、治療を受けていただくことができます。
子宮PRP療法の対象と効果
子宮PRP療法を受ける患者さまは、決して多くはありません。体外受精を受けるご夫婦の中でも少数です。対象は、他の治療方法では子宮内膜が厚くならず、繰り返し良好胚を移植しても着床しないケース、そして、着床の窓や子宮内フローラの検査や治療を行って胚移植をしても着床、妊娠に至らなかったケースなどです。
これまで4年間の記録では、子宮PRP療法61周期中の15周期で妊娠(実人数では14人)があり、中にはすでに出産されている方や、現在、妊娠継続中の方もいます。実際に治療を行ってみると、子宮内膜が厚くなる人もいれば、厚くならない人もいました。ただ、子宮内膜が厚くなるといっても、倍の厚さになるような劇的な変化があるわけではありません。
しかし、これまで何度胚移植をしても妊娠しなかったのに着床し、出産に至るケースがあることから、効果のある、良い治療方法だと考えています。
また出産時の予後調査では、生まれた赤ちゃんに何か問題があったというケースもありませんでした。
卵巣PRP療法とは
次に、卵巣PRP療法をご紹介しましょう。
卵巣PRP療法は、子宮PRP療法と同様に抽出したPRPを卵巣に注入することで、卵胞発育、採卵数の増加などが期待できます。
対象は、早発卵巣不全(早発閉経)などの難しい問題を抱えたケースです。例えば、AMHの値が感度以下で測れない、エコー検査でも卵巣がかなり小さいことがわかるなどの所見があり、これまで、さまざまな治療を行っても、なかなか卵胞が発育しない、卵子が得られないなどの経験をしてきた方たちです。
このような患者さまは、治療の出発点ともいえる卵胞発育、排卵誘発から先に進まないという辛い思いを抱えています。
卵巣PRP療法の効果
早発卵巣不全の場合、卵巣がとても小さく、中には固くなっている場合もあり、なかなかPRPの注入が難しいケースもあります。
また、効果の現れ方にも個人差があり、丁寧なフォローが必要です。そのひとつとして、いつ卵胞が育ってくるかわからないため、丁寧に診察し、逃さず採卵ができるようにしています。実際に、卵巣PRP療法後、採卵できたケースもあります。 しかし、卵巣PRP療法をした方、全員に効果があるわけではなく、治療の3カ月後程度でAMH検査を行いますが、特に変化のあったという方がいらっしゃらないケースもあります。
卵巣PRP療法から妊娠、出産
早発卵巣不全の患者さんで、卵巣PRP療法後に妊娠、出産された方がいます。その方は30代前半で月経不順があり、ほぼ閉経という状態で初診にいらっしゃいました。AMHの値は0・01未満と測定感度以下で、卵胞発育がなく、卵巣PRP療法をご提案しました。卵巣PRP療法後、卵胞発育があったので、採卵し、胚盤胞での移植もできましたが、妊娠には至っていません。その後の周期では、また卵胞発育が認められなかったので、2回目の卵巣PRP療法を行いました。その後、卵胞が発育した周期に採卵し、初期胚で移植し、妊娠、出産に至っています。
閉経になりそうな状態であっても、卵巣に残っている卵子は年齢相当と考えて良いと思います。30代前半と年齢が若いので、卵子の質は良かったのだろうと思います。
月経に関しては、人と比べることが難しいのですが、経血の量が少ない、月経不順があるなどの場合は、早めに婦人科を受診していただきたいと思います。
PRP療法への期待
現在、体外受精には保険が適用されているため、自由診療となるPRP療法を受けるカップルは少なくなっています。PRP療法の医療費も高額ですが、体外受精がすべて自由診療になってしまうため大変高額な医療を負担することになります。
せめてPRP療法が先進医療なら、保険診療の体外受精と組み合わせることができ、また、助成制度を活用することで医療費の負担を軽減することも可能なのに…と考えてしまいます。
これまで、いずれの方法でも妊娠できなかったカップルに赤ちゃんが授かる可能性が高まるわけですから、もう少し治療が受けやすくなるようになればと期待しています。
HORACグランフロント大阪クリニック
井上 朋子 先生
経歴
- 1987年
- 大阪大学医学部卒業 大阪大学医学部附属病院勤務
- 1988年
- 市立吹田市民病院産婦人科勤務
- 1990年
- 淀川キリスト教病院新生児科勤務
- 1994年
- 大阪大学医学部付属病院産婦人科勤務
- 1996年
- 市立豊中病院産婦人科勤務
- 1999年
- カリフォルニア大学 サンフランシスコ校研究員勤務
- 2001年
- 市立吹田市民病院産婦人科勤務 医長
- 2007年
- IVFなんばクリニック勤務 副院長(2013年4月)
- 2014年
- HORACグランフロント大阪 クリニック勤務 副院長
資格
日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医
日本人類遺伝学会・日本遺伝カウンセリング学会
認定臨床遺伝専門医
大阪府医師会指定 母体保護法指定医