不妊治療の先生に聞いてみた

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「次の一手」として注目される卵巣PRP
─卵胞が育たない、採卵できない方への新たな可能性─
【京都IVFクリニック 木下孝一 先生】

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不妊治療の専門クリニックとして、京都・滋賀の2院体制で診療を行っています。
保険診療はもちろんのこと、先進医療からPRP治療、PGTなど幅広い選択肢を提供し、カップルそれぞれの状況に合わせた治療プランを提案しています。
オンライン診療、そして京都院では2人目、3人目を望んで治療する患者様のための専用フロアも充実させ、通院ストレスや心のケアも重視。高品質な医療と温かいサポートで、最短期間での妊娠を目指し、日々努めています。

保険適用後、不妊治療は多くのカップルにとって身近なものになりました。
一方で、回数や年齢の制限により、治療を続けたくても選択肢を失う人も少なくありません。そうした中で注目を集めているのが、再生医療のひとつである「卵巣PRP治療」です。
この治療法は、自身の血液から抽出したPRPを卵巣に注入することで卵巣機能の改善を目指すものです。AMH(卵巣予備能の指標)値が極めて低い人や何カ月にもわたって卵胞の発育が認められない人に対して行われています。


医療法人木下レディースクリニックでは、卵巣PRP治療によって高年齢でも採卵・妊娠に至った例が報告されています。現在、卵巣PRP治療は保険が適用されず、先進医療にも認められていません。高額な医療費がかかるため、「本当に効果が期待できるのか」「安全性はどうか」と悩まれていらっしゃる方も少なくないでしょう。そこで今回、木下孝一先生に臨床現場での手応えを伺いました。

保険適用がもたらした患者層の変化 

医療法人木下レディースクリニックは、滋賀の「木下レディースクリニック」と京都の「京都IVFクリニック」の2院体制で不妊治療に取り組んでいます。滋賀院は地域密着型で、患者さまは比較的年齢層が低め、京都院は近隣他県からの来院も多く、広域から患者さまを受け入れています。
保険適用後も、30代後半~40代前半のカップルが多い一方で、比較的若い層の受診も増加しています。また、年齢が高めのカップルが「体外受精を3回受けたが妊娠に至らなかった」「体外受精が行えない婦人科からの転院」など、新たな治療の場を求めて来院するケースも少なくありません。

説明とコミュニケーションの重要性

初めて検査や治療を希望するカップルの中には、限られた情報の中で「すぐに妊娠できる」と考える方もいます。そのため、妊娠までのプロセスや検査・治療内容を丁寧に説明し、安心して治療に臨める環境づくりを心がけています。
近年は動画やSNSを活用し、患者さまと同じ目線で治療の全体像や選択肢をわかりやすく伝えるようにしています。保険診療の普及により、不妊治療のハードルは下がりましたが、それに伴い説明とコミュニケーションの質の向上がより求められていると感じています。

「妊娠率」への期待と不安に寄り添う

保険診療では、体外受精を行う際に回数や年齢制限があり、それを超えると治療を継続するカップルが少なくなります。たとえば、転院されてきたカップルは「あと3回しか胚移植できない」と、初回の診察から焦りを見せることがあります。妊娠が叶わなかった時の気持ちは、1回目より2回目、2回目より3回目と、回を重ねるごとに落ち込みが深まります。妊娠率を見てみると、1回の胚移植あたりが30%だった場合、「それなら、私たちもその中に入るはず」と感じて治療に臨まれるカップルは多くいます。しかし、結果的に妊娠が叶わなかった時、気持ちの曲線は下降します。それが2回目、3回目となるともっと下降し、自分たちの妊娠率はゼロなのではないかと感じてしまうこともあります。

「累積妊娠率」を知っていますか?

次の治療周期をはじめるにあたって、患者さまが落ち込んだままでは納得した治療を受けることが難しくなるため、私は「累積妊娠率」について丁寧に解説しています。これは、「ここまで治療を続けてきたふたりの可能性のお話」です。
そのうえで、必要な場合は先進医療やPRP治療、PGT(着床前遺伝学的検査)などの情報を提供し、カップルでよく話し合う時間を持っていただくよう促しています。お二人でよく話し合い、考え抜いた上でどのような選択をされても、私たちはその決断をしっかりと支えられるよう、体制を整えています

PRP卵巣注入法
─「次の一手」に込める願い

体外受精を希望するカップルの中には、AMH値が極めて低く、採卵へもたどり着けないカップルがいます。そうしたカップルへの次の一手として、木下レディースクリニックは2021年10月から、京都IVFクリニックは2023年6月から、厚生労働省の「再生医療等委員会」より、PRP卵巣注入の施設認定を受け、実施を重ねています。

PRP卵巣注入の対象となるのは、以下のようなケースです。

● 卵胞が全く育たない
● 
卵巣刺激しても採卵ができない、または1、2個程度
● AMHが0に近い方
● 
数ヵ月、半年、年に1回しか採卵ができない
● 
卵巣機能低下、または、医師から更年期に近い状況だといわれた

このような方を対象に、これまで両院合わせて90人にPRP卵巣注入法を行ってきました。

年齢層と効果の関係性
40代でも可能性はあるのか?

PRP卵巣注入法を行った90人のうち、7例が妊娠、3例が出産に至っています。また現在、妊娠継続中の症例もあります。

出産に至った3例は、27歳、43歳、44歳という内訳です。27歳と43歳のケースはAMH値は感度以下、44歳のケースは0・06‌ ng/mLでした。27歳のケースでは、PRP卵巣注入法を2回行っています。卵子の質の問題からすれば、40代よりも20代の方が妊娠への期待は高まりますが、40代で出産は、大変貴重だといえます。

治療を始めた当初は、20代、30代の早発卵巣不全が主な対象になると考えていましたが、実際には40代の患者さまが多く受けている傾向にあります。この背景の1つに、医療費が高いことがあげられます。比較的若い世代は、PRP卵巣注入法を受けるための費用の捻出に戸惑いがあり、40代は高額ながらも工面するだけの蓄えや余裕があることが理由としてあげられます。今後、先進医療として、または自治体での助成事業が開始されるなどで若い世代が受けやすくなることを期待しています。

PRPのメカニズムと「血液の質」という個人差

PRP卵巣注入法がどう作用するのか、残念ながらまだすべてが解明されているわけではありません。PRPに含まれる多くの成長因子のうち、どれがどのように卵巣に働きかけるのか、今、世界中で研究が進められています。とくに、PRPが原始卵胞を含む小さな卵胞に作用し、その発育を促す可能性に注目しています。

一方で、効果には個人差が大きく、その背景には血液の組成の違い、つまり「血液の質」が関係していると考えられています。そのため、「効果が期待できるか?」という問いには、現時点では、はっきりとしたエビデンスはなく、「やってみないとわからない」と正直にお伝えしています。

これまでの治療実績やこれまで発表されている研究結果などから、患者さまと二人三脚で向き合う姿勢を大切にしています。

PRP卵巣注入後から採卵まで

PRP卵巣注入法の後は、卵胞がいつ発育しても対応できるよう、クリニックだけでなくカップル自身も準備を整えておくことが重要です。

排卵誘発剤が有効な場合もありますが、卵巣機能の低下により効果が期待できないケースも少なくありません。また、FSH(卵胞刺激ホルモン:卵胞を発育させる)値が高い場合は、その値をコントロールしながら卵胞の発育を観察します。

採卵のタイミングは月経周期に左右されません。エコーで2~5mmの卵胞が確認できた段階から、注意深く発育を見守り、適切な時期に採卵を計画します。ご主人の精液は、これに合わせて採精できる場合と、あらかじめ採精し、凍結した精子を用いることもあります。

PRP注入後に卵胞が育ち排卵周期に入る場合もありますが、必ずしも採卵できるとは限りません。また、採卵できた場合でも卵子の質は年齢に依存するため、妊娠・出産まで至るのは容易ではありません。

それでも、AMH値が低く、閉経の不安を抱え、治療の選択肢が限られるカップルにとっては、「次の一手」となり得る治療法の一つだと考えています。

不安に向き合うふたりに、私たちができること

PRP卵巣注入は採卵に似た手技のため、注入時の不安は比較的少ないものの、その後卵胞が育つか、採卵に至るかについては多くの方が心配を抱いています。

はっきりしたエビデンスがまだ十分でないことや、血液の質による個人差があることを正直に伝え、期待できる治療の一つとして提案しています。

治療を受けるかどうかはカップルでよく話し合うことが重要ですが、「話しにくい」「言い出しにくい」と感じる場合もあります。

そうした心理的なハードルを下げるために、当院ではご主人さまが参加しやすい「ふたりで診察」や「オンライン診療」などの環境づくりを支援しています。

2人目、3人目専用フロアでお子さんと一緒に通院を

通院しやすい環境を整えることも患者さまの背景に配慮した重要な支援のひとつです。特に、「2人目、3人目を望む」患者さまが、お子さんと一緒に安心して通院できるよう、2025年6月に「2人目・3人目専用クリニック」をオープンしました。受付から診察、会計までを一つのフロアで行えるようにし、保育士も常駐しているため、通院中も気兼ねなく治療に専念していただけるよう配慮しています。

1人目のための治療をされているカップルは、お子さんと一緒に通院されている方の姿に辛い思いを抱えることもあります。2人目、3人目の治療をされているカップルは、1人目の治療をされているカップルとはまた違った悩みや不安を持っています。また、1人目の治療時に抱いたお子さん連れへ抱いていた思いもわかっています。しかし預け先がないため一緒に通院せざるを得ず、申し訳ないと辛い思いを抱える方も少なくありません。

私たちスタッフも、1人目を希望する方、2人目・3人目を希望する方、それぞれの思いを抱えている状況を目にしながら、問題をクリアできず辛い思いをしている姿に心を痛めていました。みんなが気を遣いながらクリニックで過ごしている現状は、決して望ましいものではないと考え、思い切って専用クリニックをオープンしました。

2人目・3人目専用クリニックでは、今日もお子さんたちが待合室を駆け回っています。これまでのことを振り返ると、一緒に通院していたお子さんにも無理をさせたなと感じています。1人目治療時の胚が凍結保管されているカップルも多く、「治療を再開するきっかけになった」という声もあり、嬉しく思っています。
これからも質の高い医療とより良い環境を提供できるよう、進化し続けてまいります。

京都IVFクリニック 木下孝一 先生

専門医

日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
母体保護法指定医師

経歴

藤田保健衛生大学 産婦人科 助教
東京歯科大学市川総合病院 産婦人科 医師
浅田レディースクリニック 副院長
木下レディースクリニック 理事長
京都IVFクリニック 理事長

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