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PRP療法に高まる期待
難治性不妊症への確かなアプローチへ
【山王病院:女性医療センター/リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門 堤 治 先生 久須美 真紀 先生】
山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療センターは山王病院内に不妊治療に特化した高度医療施設として1996年に開設され、「子どもを持ちたい」というカップルに寄り添いながら診療をしてきました。
本年5月に内装をリニューアルし、より快適なリラックスできる環境で患者さんをお迎えしています。総合病院としても名高く、産科だけなく、さまざまな診療科と連携しながら治療を受けられるのも大きな特長です。
PRP療法は、再生医療のひとつとして不妊治療の分野でも新しい可能性を広げています。
メジャーリーガーの大谷翔平選手が2018年に受けたことから注目が高まったPRP療法は、当初は整形外科や美容外科での活用が主流でしたが、不妊治療にも導入されるようになりました。
日本でも同じ頃、歯科や整形外科、美容外科などでもPRP療法が行われるようになり、不妊治療への導入開始は2018年のことでした。
現在では、全国60以上の不妊治療専門施設で実施され、難治性不妊への有望な治療法とされています。このPRP治療を日本で初めて導入したのは山王病院リプロダクション・婦人科内視鏡治療センターです。導入開始から6年が過ぎ、多くの難治性不妊の治療に取り組んできました。
そこで同病院の堤治名誉病院長と久須美真紀センター長に、難治性不妊治療の現場でのPRP療法の効果や将来性についてお聞きしました。
難治性不妊症と卵巣機能低下
PRP療法への期待
近年、不妊治療の現場で「PRP療法」への期待が高まっています。この治療法は「難治性不妊症」に悩む女性たちに新たな希望をもたらすもので、患者さん自身の血液から抽出した多血小板血漿(Platelet-Rich Plasma)を、子宮内膜や卵巣に注入し、再生力を引き出す治療法です。これはPRPに豊富に含まれる成長因子が、組織の回復や機能の向上へ働いていると考えられています。
日本での不妊治療へのPRP導入は2018年から始まり、先駆けとなった山王病院を中心に、現在では全国60以上の不妊治療専門施設が治療を提供しています。
PRP子宮内注入は、薄い子宮内膜の厚みを改善し、妊娠しやすくする効果が、またPRP卵巣注入は卵胞数の増加や質の改善が期待される治療法です。それぞれ「再生医療等安全確保法」に基づいて慎重に進められています。
PRP療法の導入と普及への道のり
~堤先生が語る
不妊治療の分野でPRP療法のパイオニアである堤先生は、「難治性不妊症」に対する治療法としてPRPが期待できる理由を次のように説明します。
「2024年のデータによると、日本では約7万7千人もの子どもが体外受精によって生まれ、約10人に1人という割合になってきています。
しかし、すべての方が順調に妊娠できるわけではなく、『難治性不妊症』に悩んでいる方もいます。特に、着床がうまくいかなかったり、子宮内膜が薄いために胚移植ができなかったりする方々です。
『難治性不妊症』とは、体外受精で良い胚を3回以上、または合計4個以上胚移植しても妊娠に至らない場合をいいますが、PRP療法が妊娠の可能性を高めると期待されています。
たとえば子宮内膜が7ミリ未満と薄い場合、胚が着床しにくいことがわかっていますが、PRPを子宮内に投与することにより子宮内膜が厚くなり、着床しやすくなることで、実際に妊娠例も増えています。
また、PRPを投与した周期の胚移植だけでなく、その後、数周期に渡って効果が持続しているのではないかと考えられるケースもあります。これには個人差もあるでしょうが、投与した周期では妊娠に至らなかった方が、翌周期の凍結融解胚移植周期で妊娠成立したというケースは、当院だけでなく、他の治療施設からも報告されています」
堤先生は、薄い子宮内膜にPRPを注入することで、内膜の厚みが増し、胚が着床しやすくなる可能性があると説明しています。
実際に妊娠に至ったケースが増えている!
PRP療法を受けたことで、妊娠や出産が実現したケースも増え、他の治療では着床、妊娠成立しなかった方たちが、赤ちゃんを授かるという希望を持てることにつながっています。
堤先生は、PRP療法で妊娠に成功したデータが増えているなか、さらなるデータの積み重ねが必要だと話されています。
厚生労働省から研究費も提供され、東京大学と共同でPRP療法の研究が進められているといいます。これにより、PRP療法の効果と一緒に着床のメカニズムに関する新しい知見が得られることも期待でき、不妊治療のさらなる発展につながるのではないかと話しています。
また久須美先生は、PRP療法は、血流改善を促し、着床率を高める可能性があると話します。なぜなら、PRPを子宮内に投与した患者さんのなかには月経量が増える方がいるからです。血流改善が着床しやすさにも関係していると考えています。
海外でのPRP療法の広がり
PRP療法は日本のみならず、世界でも注目されています。最近では台湾やイランなどからも多くの臨床報告がされており、アジアを中心に広まっています。
堤先生は、「今やPRP療法はアジアや中東を中心に世界で活用され、多くのエビデンスが集まりつつあります。国際的にも不妊治療の選択肢として広がっていくでしょう」と話します。今後も世界規模で普及し、治療の選択肢のひとつとして提供されることが期待されています。
卵巣へのPRP注入法とは?
~年齢が高い方への新たな希望
さらに堤先生は、日本で不妊治療を受ける患者さんの平均年齢が高いことに対しても、PRP療法が期待できると話します。
「日本では不妊治療を受ける方の平均年齢が高く、特に40歳前後が多いです。年齢が上がると卵子の数が減少し、質が低下する傾向にあるため、PRPを卵巣に注入することで、卵胞数の増加や質の向上が期待できます」
また、PRPを注入することで卵巣内での原始卵胞から排卵周期に入る卵胞へのリクルートが促され、採卵数の増加や質の改善が期待されています。特に、AMH(抗ミュラー管ホルモン)値の上昇は、PRP卵巣注入法を行う治療施設からも多数の報告があると話し、次のようにも語っています。
「当院では、PRPの卵巣投与に関して特にAMHの数値基準を設けているわけではありませんが、ご希望の患者さんには、十分な説明をして治療を受けていただいています。
実際に採卵数が増え、AMH値が高くなったケースや、胚盤胞に到達するものが増えることから、採れる卵の質が良くなったと感じるケースもあります。ただし、これはまだ十分なエビデンスがとれていないので、今後さらに臨床データを重ねて検証していく必要があります」
PRP注入法の効果はどれくらい続く?
PRP療法の効果がどれくらい続くかも気になるところです。
堤先生の説明では、PRP注入の効果がすぐに現れるわけではなく、注入後数カ月を経てから卵巣環境の改善が見られることが多いといいます。このため、治療計画は数ヵ月後の採卵を見据えて立てられます。
効果が現れるまでに時間がかかることから、計画的に取り組むことが重要だと話しています。
卵胞数の増加と妊娠率の向上
~治療現場で
久須美先生も、PRP療法の効果について「卵巣に注入することで実際に卵胞数が増加したケースがある」と実例を話されました。
「4月からPRPの卵巣投与を開始しましたが、注入後3カ月で卵胞数が増えるケースがありました。これまでほとんど見えなかった周期が多かった人でも、卵胞が1個見えるようになったり、1個が2個、3個が6個になったりと、期待ができると考えています」
このような変化は、卵子の確保が難しかった方たちにとって大きな希望となるでしょう。
また、卵胞ホルモン(エストロゲン)が高い卵胞期での注入や、その際にエコー検査で卵胞が確認できるようなら卵胞へ注入するのも良いのではないかと語っています。
PRP療法の効果と今後の課題
PRP療法は、子宮内膜が薄くなったり卵巣機能が低下したりする30~40代の女性にとって、再生医療のひとつとして期待できる治療法です。しかし、現在は保険診療ではなく、また先進医療でもないため、自由診療での治療となります。そのため、患者さんが負担する治療費が高額になるのが課題となっています。
その点、PRP療法が自由診療ではなく保険診療や先進医療として認可されるよう、さらなる研究と臨床データの積み重ねが必要であると、堤先生は強調します。
「患者さんにとって経済的な負担が大きいことが課題です。PRP療法が保険診療として認められれば、より多くの方が治療を受けやすくなりますが、まずは先進医療で認可されることが重要だと考えています。
そのため、今は先進医療に向けて、さまざまな先生たちが努力しています。そして、厚生労働省へのアピールや、さらなる臨床研究を進めることが重要となっています」
PRP療法を検討する際のポイント
不妊治療を受ける際、患者さん自身で理解しておくべき点もいくつかあります。
PRP療法は、保険診療による体外受精と組み合わせることができず、体外受精治療周期そのものが自由診療になるため費用がかかります。また、PRP療法の効果には個人差があるため、先生と十分に相談しながら治療計画を立てることが大切です。
気をつけたい「月経周期の変化」
~堤先生からのアドバイス
妊娠を望むすべての女性がまず気をつけたいのは、自分の体の変化にあると堤先生は話します。
「特に月経周期や量の変化は、子宮内膜や卵巣の状態に影響されることがあります。
以前に比べ月経周期が短くなったり、月経量が減ったりしているのは、卵巣機能が衰えてきているからかもしれません。
こうしたサインに早く気づくことで、早期の対策を立てることができるでしょう」
PRP療法がもたらす未来の可能性
難治性不妊症や卵巣機能低下などへアプローチするPRP療法は、子宮内膜や卵巣の改善に効果をもたらすことが期待されています。
今後はさらなる研究とエビデンスの蓄積によって、より広く知られるようになり、妊娠を望む多くの女性たちにとっての新たな選択肢となることでしょう。
山王病院 名誉病院長
女性医療センター/リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門長
堤 治 先生
経歴
東京大学卒、医学博士
前山王病院病院長
元東京大学医学部産婦人科教室教授
元東宮職御用掛
米国国立衛生研究所(NIH)留学
前日本受精着床学会理事長
元日本産科婦人科内視鏡学会理事長
元アジア・パシフィック産科婦人科内視鏡学会理事長
産婦人科PRP研究会代表世話人
日本生殖医学会代議員
中日友好病院(北京)名誉教授
国際医療福祉大学大学院教授
専門医
日本専門医機構認定産婦人科専門医
日本生殖医学会認定生殖医療専門医
日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医
日本内視鏡外科学会技術認定医
母体保護法指定医師
山王病院
女性医療センター/リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門
久須美 真紀 先生
経歴
東京大学卒、同大学院修了
医学博士
前東京大学医学部附属病院助教
国際医療福祉大学 臨床医学研究センター准教授
専門医
日本専門医機構認定産婦人科専門医
日本生殖医学会認定生殖医療専門医
日本人類遺伝学会認定臨床遺伝専門医
日本内視鏡外科学会技術認定医