公開日
受精方法によって、妊娠率は変わるのでしょうか?
体外受精と顕微授精、それぞれの適用。
【佐久平エンゼルクリニック 政井 哲兵 先生】
体外受精の受精方法には、コンベンショナルIVF(通常媒精:ふりかけ法)とICSI(顕微授精)の大きく2つがあります。
受精方法をどちらにするのかは、胚移植へつなげるための重要な選択となります。
それぞれの方法には精液所見や過去の受精結果によって医学的な適応があります。例えば精液所見が悪ければ顕微授精といったものです。この適応は保険診療化の枠組みにも生かされていて、保険診療では、顕微授精だけにしたい、ふりかけ法だけにしたい、という希望だけで選択することはできません。
受精方法の違いもさることながら、受精方法によって、その後の胚の発育や着床率、妊娠率が変わるのか、変わるのならどちらの方が良いのかなどは、多くのカップルが気になるところではないでしょうか。
そこで今回は、長野県佐久市にある佐久平エンゼルクリニックの政井哲兵先生を尋ね、お話をお聞きしました。
治療方法と精液所見の関係は?
体外受精の受精方法の適応は、主に精液所見から考えます。WHOが発表した精液所見の下限基準値は、「避妊をやめたあと、1年以内にパートナーが自然妊娠した男性の精液所見」のうち、精液所見の下位5%を下限基準値としています。たとえば、100人のうち下から5番目の人の精液所見と考えればわかりやすいでしょう。
100人中100人で1年以内にパートナーが妊娠していますし、下限基準値となった下から5番目よりも精液所見の良くなかった4人の男性のパートナーも妊娠しています。ですから、この精液所見よりも結果が良かったら妊娠できるというわけでも、妊娠を保証できるものでもありません。
精液所見は日々変動することも知られています。1回目の検査結果が極めて悪くとも、2回目はそんなに悪くないことも珍しくありません。複数回検査を行うことで、精子の数が毎回少ない、運動精子の数が毎回少ない、といった傾向を見ることができ、結果が悪ければ男性不妊専門医への受診をおすすめすることができるなど、その後の対応の指針になります。
また、赤ちゃんを授かりたいと希望して検査や治療を受けるカップルを診察する際、男性側の精液所見が基準値を極めて下回っているため、顕微授精適応となることもあり、WHOの精液所見下限基準値は治療方法の参考にも使用されています。
ですから、妊活をしたい、または治療を受けたいという場合、真っ先に受けていただきたいのが精液検査です。
体外受精の受精方法も精液検査が基本に?
体外受精の受精方法については、まずは精液検査の結果から考えますが、初回体外受精のカップルか、または治療歴があるカップルかによっても違いがあります。
保険診療による初回体外受精の場合は、精液所見の結果と調整後の精子の状態によって受精方法を決めます。ただし、多嚢胞性卵巣症候群などで卵子がたくさん採取された場合、調整後の精子の状態だけでなく、卵子の質なども鑑み、スプリットICSIを選択することもあります。採取する卵子が1~2個と少ない場合なども、胚移植につなげるために顕微授精を選択することがあります。
治療歴があるカップルの場合は、前回の治療方法と胚の発育などを検討して受精方法を選択します。たとえば、前回、精子の状態が良く、コンベンショナルIVFをしたけれど受精が起こらなかった場合は、精子の状態にかかわらず顕微授精を選択するケースが多くなります。
また、初回か治療歴があるかによらず、最終的には、採卵当日の精液検査の所見や調整後の精子の状態が受精方法の決定に非常に重要なファクターとなってきます。
コンベンショナルIVFと顕微授精、どちらのほうが妊娠率が高い?
受精方法で妊娠率が大きく変わるということはないと思います。コンベンショナルIVFと顕微授精で違いがあるのは受精率です。卵子に直接1個の精子を注入する顕微授精のほうが一般的に受精率は高くなりますが、その後の胚盤胞発生率に大きな差はありません。
しかし、受精しなければ、受精卵の培養から胚移植へと繋がらないわけですから、受精方法の選択は重要な問題です。
受精率が高いからといって、すべてを顕微授精にすることはできません。卵子、精子それぞれの力で受精ができるのであれば顕微授精の必要はなく、またそれは過剰医療につながります。
そのため、先ほどもお話したように、精液検査の結果、調整後の精子の状態、また採卵できた卵子の個数が1~2個と少ないなどの場合は、初回の体外受精から顕微授精が選択されることがあります。
そのほかにも、いくつか顕微授精を選択したほうが良いケースもあります。
顕微授精でも受精が難しいケースはある?
顕微授精でも受精が難しいケースもあります。たとえば、細胞膜が弱い卵子や質に問題がある卵子の場合は、卵子の透明帯や細胞質の変形、卵子の変性や受精率低下につながる可能性があるとされています。
そこには、少なからず卵子にかかるストレスが要因になって、顕微授精をしても受精が完了しないことが考えられます。
そこで、佐久平エンゼルクリニックでは、顕微授精は従来法のICSIではなく、全例をピエゾICSIで行っています。
従来法のICSIは、1個の精子を注入する時先端が尖ったピペットで卵子の細胞膜を刺し、吸引圧をかけながら穴を開けるため、先程お話したような受精の問題が起こることがありました。しかし、ピエゾICSIは、先端が平坦なピペットで、パルスの微細な振動によって卵子の細胞膜に穴を開けるため、従来法のICSIのように、卵子の細胞膜を破る際に吸引圧をかかることはありません。
そのため、従来法のICSIに比べて卵子にかけるストレスが少なく、受精率の向上やその後の胚盤胞到達率の向上が期待できます。
胚盤胞到達率が良くないのは受精方法の問題?
胚盤胞到達率については、受精方法よりも、卵子の質や精子の質などの問題が起因していると考えられています。問題があるから胚盤胞到達率が良くないケースがあるのです。卵子の質については、ピエゾICSIで受精に導くことができるようになるケースもありますが、それでも受精しない、または胚盤胞にならない場合は、精子の質も考えることが大切です。
精子の質には、DNAの傷の問題があげられます。一見、形に問題もなく、元気に泳ぐ精子の中にも、DNAに傷のある精子が含まれていることがあります。そのため、DNAの傷が少ないものを選ぶことが重要になってくるのです。
これには先進医療となるPICSIやマイクロ流動体を用いた精子選別によるICSIがあります。
PICSIは、ヒアルロン酸を用いて精子を選別する技術で、選別した精子で顕微授精を行います。
成熟精子は、ヒアルロン酸と結合することができますが、未熟な精子はヒアルロン酸に結合するレセプター(受容体)を持っていないため、結合できません。ヒアルロン酸の含まれた培養液をディッシュに入れると、ヒアルロン酸と結合した成熟精子は、頭部が重くなり運動性が落ちることで、ディッシュの底でモゾモゾと動くようになります。しかし、未成熟な精子はディッシュの中を泳ぎます。
成熟精子は、DNAの傷が少ないとされていますので、このようにして成熟精子を選別して顕微授精をすることで受精率、また胚盤胞到達率も向上すると考えられています。
PICSIの対象は、これまで反復して着床または妊娠に至っていない方になるため、初回の体外受精では行うことはできません。
次にマイクロ流動体による精子選別ですが、これは小さな特殊な機器を使って精子を選別するものです。
機器の下部に源精液を入れ、その上部に培養液を静置します。機器には、8μmのとても細かな穴があるフィルターがあり、その穴を通り抜けて上部に泳ぎ上がってきた運動精子を回収します。
細かな穴をくぐり抜けなければならないため、上部に到達できた精子には頭部に奇形のある精子や運動性の低い精子はなく、元気に泳ぐことができる精子のみを回収することができます。また、精子の回収に遠心分離機を用いないため、遠心分離の途中で生じるDNAの傷を避けることもできます。
ただし、初回の体外受精からは適応になりません。過去の顕微授精で移植可能な胚が得られなかったり、胚移植しても妊娠に至らなかった方が対象になります。
自由診療による体外受精ではどのように受精方法を選択する?
保険診療では、適応の範囲を超えて治療を選択することはできません。自由診療の場合も適応は重視しますが、カップル意向を反映することができますし、精子の選別方法もカップルと相談しながら選ぶことができます。
初回からPICSIやマイクロ流動体による精子選別を選ぶこともできますが、何でもかんでもやってみればいいというわけではありません。精液所見や調整後の精子、または年齢、採卵できた卵子の数などを加味しながら決めていくのが良いでしょう。
さいごに
受精方法は、治療過程においてとても大切ですが、その前に卵胞が発育して、成熟卵子が採取できることも大切です。なぜなら、卵子がなければ、治療を先に進めることができないからです。
また、受精後には胚が順調に発育すること、胚盤胞になることも大切ですし、胚移植では、どのように移植を行うか、そして、胚が着床する子宮の環境も大切です。体外受精の治療周期は、そうしたいくつもの大切なことを超えて、最終的に胚が着床し、妊娠成立へとつなげていかなければなりません。
自然妊娠では、そのいくつもの大切なことが身体の中で起こるので、目にしたり、実感したりすることは難しいのでが、体外受精では、それらを目の当たりにすることになります。
治療を受けるときには、こうしたことをおさらいしておくことも大切です。
佐久平エンゼルクリニック 政井哲兵 先生
日本生殖医学会認定生殖医療専門医
日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医
経歴
- 1997年
- 鹿児島ラ・サール高校卒業
- 2003年
- 鹿児島大学医学部卒業
- 2003年
- 東京都立府中病院(現東京都立多摩総合医療センター)研修医
- 2005年
- 東京都立府中病院(現東京都立多摩総合医療センター)産婦人科
- 2007年
- 日本赤十字社医療センター産婦人科
- 2012年
- 高崎ARTクリニック
- 2014年
- 佐久平エンゼルクリニック開設(2016年法人化)