不妊治療の先生に聞いてみた

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マイクロ流体技術を用いてDNAに傷の少ない精子と卵子を受精させたい!
【岡山二人クリニック 羽原 俊宏 先生】

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「胚移植をしても妊娠が成立しないその原因は、なんでしょう?」
もう何度もしている質問を、また医師に尋ねると
「卵子の質の問題かなぁ」
と答える。それが高年齢ともなれば、「あぁ、そうか」と納得せざるを得ないこともあります。また、比較的年齢が若い場合も、同じように卵子の質や胚の質が理由になるといわれれば「そういうものかな?」と考えてしまいます。

そうしたことが何度も繰り返されると、「あぁ、また卵子のせい。私のせい」と女性は追い詰められたような気持ちになるでしょう。

でも、妊娠が成立しないのは、卵子の質だけの問題ではありません。着床環境などの問題もありますが、女性にだけ問題があるのではなく、精子の質も同じように重要です。最近では、この精子の質への注目が、これまで以上に高まっています。

なぜ、良い精子と卵子を出会わせることが重要なのか、また良い精子を選ぶためにできることはなにかを岡山二人クリニック院長の羽原俊宏先生を訪ね、お話を伺ってきました。

精子のDNAに傷があると、問題になること

これまで、卵子の質への注目が高く、胚の質の良し悪しの鍵を握っているのは卵子にあり、精子はあまり関係ないのではないかと考えられてきました。

実際、卵子の質が大きく関わっているのですが、精子のDNAに傷があると、その程度にもよりますが、胚の染色体や、胚発育や胚盤胞への到達、また胚盤胞のグレードなどに影響することがわかってきました。そのため精子の質、精子のDNAに傷が少ないものと卵子を出会わせる、受精させることが重要だといわれています。

なぜ、精子のDNAの傷が注目されるかといえば、多くの細胞が持つ「DNAの傷を修復する能力」が精子にはないことにあります。

このDNAの傷は、卵子と受精することで卵子が補い、修復して受精が起こります。DNAに傷の多い精子と受精した場合、卵子はその傷を修復するために多くのエネルギーを使うことになります。

元気な卵子なら精子のDNAに傷があっても、修復して受精を完了させ、発育していくことができるかもしれません。でも、卵子が精子のDNAの傷を修復しきれなければ、順調に胚が発育しなかったり、胚盤胞になってもグレードが良くなかったりするなどが起こると考えられています。

このように、精子のDNAの傷は、胚発育に大いに関係していることから、特に顕微授精においては精子の選び方に注目が高まっているのです。

見た目だけではわからない精子のDNAの傷

精子調整の方法は、密度勾配遠心法やスイムアップ法など、精子選別のための培養液や遠心分離器を用いて運動性のある精子を回収するのが一般的です。

射精された精液に含まれる精子には、頭が大きかったり、小さかったり、尻尾が2本あったりと、形の良くない精子や死んでしまっている精子、まっすぐ泳ぐことができない精子が多いのですが、その中に形の良い、速くまっすぐ泳ぐ精子がいます。数多くの精子の中に、こうした良い精子が含まれているのです。

この良い精子を選別するために密度勾配遠心法やスイムアップ法などで、死んでしまっている精子や形の良くない精子などを取り除き、運動性のある精子を回収します。

いずれの方法でも運動性のある精子が回収でき、実際にコンベンショナルーIVF(卵子に精子を振りかける受精方法)やICSI(顕微授精:極細の針を用いて卵子の細胞質に1個の精子を注入する受精方法)に用いています。

コンベンショナルーIVFは、卵子と精子の力で受精していきますが、ICSIは胚培養士が速くまっすぐ泳ぐ形の良い精子を捕まえて卵子の細胞質の中へと注入します。

治療を受ける多くのカップルは、一般的に行われる精子調整法で回収した精子で受精が起こり、胚が発育していきます。

しかし、これらの方法で回収した運動性のある精子の中にも、実はDNAに傷のある精子が含まれています。

ICSIでは、形も見て、速くまっすぐ泳ぐ精子を捕まえて受精に導くのですが、実際にはDNAに傷を持つ精子が含まれていることもあります。

さきほども話したように、精子のDNAの傷は受精時に卵子が修復しますが、卵子の質の低下などから修復能力が十分になければ胚が順調に発育しないということが起こりやすくなるわけです。

卵子の質を測ることは難しい
だからDNAに傷の少ない精子を

卵子は、年齢とともに質が低下します。ただ、どれくらい低下していて、どう問題があるのかを知ることは卵子の段階では推し量ることは難しいのが現状です。

受精できるのは、成熟卵子(MⅡ期:第1極体が放出されている卵子)でなければなりません。それは確認することができますが、では卵子の染色体の問題は?卵子にどれだけ生命力があるか?などはわかりません。
ただ、年齢とともに質が低下し、染色体に問題のある卵子になる確率が上がること、生命力が下がるだろうことがわかっています。

胚は、受精から8細胞期くらいまで卵子の力で発育していくといわれています。そのあと、細胞同士はくっついて(コンパクション)、分化がはじまり胚盤胞へと発育していきますが、これは胚の力といわれています。つまり、8細胞期までは卵子の力が元になっていて、胚盤胞へと発育するのは卵子と精子の力が元になっているということです。ですから、初期胚までは順調に発育するのに胚盤胞へと発育しない場合は、精子に問題があるケースも含まれていると考えられるのです。たとえば、胚盤胞に到達しないので胚が凍結できないとか、初期胚で移植を繰り返してきたとか、そうしたカップルの場合は、精子のDNAが問題になっているのかもしれません。

卵子の質を問うことは、難しい。だから、DNAに傷のない精子と出会わせたいのです。

DNAに傷の少ない精子を回収するために

私たちのクリニックでは、DNAに傷の少ない精子を回収するために有効とされているマイクロ流体技術を用いた精子選別を行ってきました。

この技術は、遠心分離器を使用しないので、遠心時に精子のDNAがちぎれてしまったり、傷がついてしまったりするなどの心配が少なくなります。

小さな機器で、精子はその中を泳ぎ、フィルターの上にきた精子を回収し、顕微授精に用います。精子調整にかかる時間は30分程度で完了し、手技を行った人によるばらつきもなく、しかもDNAに傷の少ない精子を回収することができます。従来法の密度勾配遠心法やスイムアップ法の場合、精子調整が完了するまで胚培養士はその場から離れることができません。また、一連の手技は胚培養士によって多少の違いがありますし、遠心分離が終わって機器から精子の入ったスピッツを出す時間、スイムアップにかける時間など、当然放置できないわけです。手技や工程が多ければ、人為的ミスも出やすいのですが、このマイクロ流体技術を用いた精子選別は源精液を入れる、培養液を乗せる、30分程度インキュベーターに入れおくなどですから、簡便に行えることからミスが少なくなることもメリットの1つだと思います。

実際の治療でマイクロ流体技術を用いた精子選別は、どのように有効か

これまで顕微授精で受精はするが、胚移植に至っていないカップル、胚盤胞に発育するがグレードの低いカップルなど100症例以上に行ってきました。

そして、1回以上顕微授精を実施しても移植可能胚が得られなかったカップル、また胚移植をしても妊娠に至らなかったカップルを対象に、それぞれの従来法の精子調整での顕微授精ー胚移植での治療周期とその結果とマイクロ流体技術を用いた精子選別での顕微授精ー胚移植の治療周期とその結果を比べてみました。すると、初期胚の良好分割胚率、胚盤胞到達率、良好胚盤胞率、有効胚率においてマイクロ流体技術を用いた精子選別のほうが有意に高く、また流産率が低いという結果が得られました。

胚盤胞に到達する、また胚盤胞に到達する胚の数が増え、結果、妊娠して出産に至っているカップルもいます。

年齢的には、40歳を超えている人も少なくありません。

先進医療になりました!

マイクロ流体技術を用いた精子選別は、2023年3月に先進医療と認められました。

以前は、この技術を用いて体外受精を行う場合は、保険が適用されず自由診療になっていましたが、厚労省に先進医療として認可されたことで、保険診療と併用できるようになり、胚盤胞にならない、また胚盤胞のグレードが低いと悩んでいるカップルが、治療の選択の1つに取り入れやすく、受けやすくなりました。

またひとつ先進医療として加わったことで、保険診療による治療の幅が広がり、赤ちゃんが授かる方法が増え、ぞれぞれのカップルに対して、適応する治療が提供できるようになります。

そして、患者さんたちが、自分たちに合った治療を受け、悩んだりつらく思う期間が短くすむように、私たちは日々、努めてまいります。

岡山二人クリニック
羽原 俊宏 先生

経歴

  • 1993年
  • 鳥取大学卒業
  • 1993年
  • 岡山大学医学部産婦人科医院
  • 1996
  • 高知県立安芸病院産婦人科部長
  • 2000年
  • 岡山大学医学部産婦人科助手
  • 2003年
  • 岡山二人クリニック勤務
  • 2016年
  • 岡山二人クリニック院長

資格

医学博士(岡山大学)
日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医
日本人類遺伝学会 認定臨床遺伝専門医

協賛:株式会社東機貿

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