不妊治療の先生に聞いてみた

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受精から胚盤胞までタイムラプスインキュベーターで胚を育てるメリット
【加藤レディスクリニック 加藤 恵一 先生】

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不妊治療に保険診療が適用されるようになり、1年が過ぎました。

不妊治療の中でも体外受精治療周期では、標準保険治療のほかに、先進医療(厚生労働大臣が認める高度な医療技術や治療法のうち、有効性・安全性の一定基準を満たしている保険適用対象外の治療)があります。

先進医療技術には、それぞれ適応条件がありますが、中でもタイムラプスインキュベーターによる胚培養は、最初の治療周期から受けることができます。

体外受精治療周期では、排卵誘発を行い採卵し得られた卵子と精子が出会って受精が完了すると、インキュベーターの中で培養液に含まれる栄養を使いながら胚は発育していきます。

この胚培養においてタイムラプスインキュベーターでは、さまざまなメリットがあることから、多くの治療施設でも導入され注目を集めています。

今回は22台のタイムラプスインキュベーターを導入し、体外受精治療を受けるすべての患者さんの胚を培養する加藤レディスクリニック院長の加藤恵一先生を訪ね、お話をお聞きしました。

タイムラプスインキュベーターによる胚培養は、従来型のインキュベーターで培養していた時と、どのように変わりましたか。

タイムラプスインキュベーターによる胚培養は、従来型のインキュベーターと違い受精から胚盤胞までインキュベーターから出さずに胚を育てることができます。また、インキュベーターに内蔵されたカメラによって一定間隔で胚を撮影し、それを連続させることで動画のように胚発育を観察することができます。

これには、いくつかのメリットがありますので紹介しましょう。

1、胚のストレスを軽減する

タイムラプスインキュベーターでは、ワンステップメディウムを用いるので、培養液の交換と観察のために胚をインキュベーターから取り出す必要がありません。インキュベーターから取り出さずに育てることができるため、胚へのストレスは軽減されます。
胚へのストレスが、いつ、どこでかかるかというと、胚発育の観察や培養液を交換するためにインキュベーターから出す時です。この回数が多かったり、時間が長かったりすると培養液が外気と触れあい、光を浴び、温度が変化し、pHに変化が起こるなどから胚にはストレスがかかり発育に少なからず影響を与える可能性があります。
胚培養士は、胚へストレスがかからないように、素早く適切に観察し、培養液を交換するなどの技術を高めますが、体積の小さな胚には多少なりともストレスがかかってしまうのです。

2、胚盤胞への発生率が上がる

胚へのストレスが軽減されること、またタイムラプスインキュベーターの管理も安定していることから、胚盤胞への発生率が従来型のインキュベーターよりも高い傾向にあります。これまで卵子の質の低下などで、なかなか胚盤胞へと発育しなかったカップルに対しても治療成績の改善が期待できます。

3、胚の発育を動画のように確認できる

従来型のインキュベーターの場合、胚を観察するのは、多くて1日1回でした。インキュベーターから出した時に、胚を観察するため、いわゆる点と点での観察でした。

しかし、タイムラプスインキュベーターは胚を一定間隔(約6分間隔)で撮影し、それを連続することで動画のように観察できます。これは線で結ばれた観察になります。すると、これまでわからなかった胚の発育の様子を知ることができるようになりました。

たとえば、受精が完了する様子、胚が分割する様子、胚の細胞がくっついて、やがて胚盤胞へと発育していく様子などが確認できます。それと同時に、発育の様子について動画を巻き戻すようにチェックすることも容易です。

しかし、タイムラプスインキュベーターを利用した培養でも、すべての胚が順調に発育するわけではありません。卵子や精子の質によって、胚の質によって、その発育に問題が起こることもあります。また、胚は1つひとつ別のもの、それぞれ個性があるので同じように発育していくわけではありません。発育が順調な胚もあれば、早い胚も、遅い胚もあります。そして、なかには発育が止まってしまう胚もあります。そのとき、どこで問題があったのか、その様子を確認できることは大変有用です。

これまで胚発育の点と点を結ぶのは予測でしかありませんでしたが、動画のように確認できることで、私たち医療者にとっても、また患者さんへ胚発育の様子を伝える際にも納得のいく説明ができるようになりました。

4、胚の評価、移植の胚の選択と優先順位がよりわかりやすく的確になった

胚は通常、受精すると卵子由来、精子由来、それぞれの前核が見られるようになります。その2つの前核が融合して、次は2細胞へ分割します。

しかし、なかには、いきなり前核が3つに分割するダイレクト分割や、一度分割した細胞がまた融合する、リバース分割などの問題が見られる場合があります。このような胚は、胚盤胞に至る前の段階で発育が停止してしまう可能性が高いことが知られているため、初期胚での移植は見送り、そのまま培養を続け、胚盤胞まで発育できたことが確認できた場合に移植胚として検討しています。ただ、複数の凍結胚があった場合には優先順位は下がります。このようにどこまで胚を培養するかの評価にも役立っています。

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また評価といえば、初期胚のグレードはVeek分類で、胚盤胞はGardner分類で行うことが一般的ですが、私たちのクリニックでは、Gardner分類に加え、年齢や発育スピード(凍結基準に定めた大きさに達するまでの時間)などを加味したオリジナルの評価方法を用いています。

たとえば、Gardner分類では、胞胚腔の広がり(胚盤胞内部に見られる細胞のない部分の成長の具合)や内部細胞塊(ICM:将来赤ちゃんになる細胞)と栄養外胚葉(TE:将来胎盤になる細胞)が密か粗いかで、胚盤胞を段階評価します。3BCだったら、胞胚腔が胚全体に広がっていて、ICMの細胞が少なく、TEは非常に少ないという評価になります。

しかし、同じ3BCという評価の胚でも、30歳と40歳では妊娠率が同じではありません。また、凍結基準と定めた大きさに到達するまで順調に発育してきた胚と、時間がかかった胚でも同じ妊娠率とはなりません。そのため、オリジナル評価方法に加えてタイムラプスインキュベーターにあるAIスコアリングシステムも参考にしています。

ただ、私たちの評価とAIの評価と違うこともあるため、慎重に検討しています。現在のAI支援による胚評価は、ベテランの培養士による胚評価と比べても遜色ない予測性に達していますが、この両者間で複数の移植可能胚に対しての優先順位付けが一致しないこともあります。どちらがより良いのかはまだわかりませんが、私たちの評価方法は、年間約2万の採卵周期と1万4千の胚移植周期を行っている実績から築いたものです。

評価に違いが生じた場合は、私たちのオリジナルを主軸にしながら、AIスコアリングを参考にしています。

これについては、私たちが得ている膨大な胚のデータとともに更なる検討、研究が必要だと考えています。

また、この評価とPGTーAの結果との相関についても、折を見て報告していきたいと考えています。

タイムラプスインキュベーターによって妊娠率などに変化はありましたか。

私たちのクリニックでは、胚盤胞発生率、妊娠率が向上しました。これは、タイムラプスインキュベーターで胚培養をするようになって、胚発育の平均成功率が上がったことが成績につながっているのだと考えています。

ただし、どなたでも、何歳でも、ということではありません。多くの人がご存知のように、卵子の質の低下は胚発育に影響しますので、タイムラプスインキュベーターで培養したからといって、年齢の高いカップルの胚の胚盤胞発生率や妊娠率が常に向上するわけではありません。なぜなら、胚発育に関することは、胚培養の方法もさることながら、そもそもの卵子や精子の質、培養液の選択なども大きく関係しているからです。

また、先ほどもお話したように胚の観察がより詳細になり、移植胚の選択や優先順位をつけやすくなったことも成績の向上につながっていると考えています。つまり、妊娠に結びつきやすい胚、可能性の高い胚を選ぶことが、タイムラプスインキュベーターによってできるようになってきたといえます。

ただ、優先順位の低い胚は移植しないわけではないので、胚のクオリティも含め、今後も検証を重ねていきます。

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ほかにもタイムラプスインキュベーターで培養するメリットはありますか。

タイムラプスインキュベーターを使った胚培養は先進医療として扱われるため、利用にあたって患者さんの同意が必要ですが、ここまでお話したような胚培養の成績がより安定する効果を考慮して、当院では全治療周期についてタイムラプスインキュベーターで培養する方針を取っています。インキュベーターから胚を出し入れしないことで、胚へのリスクはかなり低くなり、より胚に対してきめ細やかな対応ができています。胚培養士には、検卵、精子調整、媒精、胚の凍結と融解、移植など多くの仕事があります。そのため、胚の培養と観察・撮影作業が大幅に自動化できるタイムラプスインキュベーターの導入は、培養室全体にとって大きなメリットがあると言えます。

私たちのクリニックでは、全体の症例数が多い一方で、基本的には自然周期法を採用しているので1カップルごとに培養する胚の数も多くはありません。そこで、1つのインキュベーターで多くの症例数を培養できる機種(銀色が目印のFlexという機種)を導入しています。また、オリジナルアプリを患者さんに利用してもらい、受精確認から胚の発育状態を画像で見ていただくことができ、大変好評を得ています。

今後も、一人ひとりの患者さんのために更なる努力をしてまいります。

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インキュベーター画像

タイムラプスインキュベーターの中は、丸い円盤状になっていてディッシュはカットされたバームクーヘンのように乗っています。銀色のタイプには24個のディッシュが入り、1個のディッシュの中には6個の胚を培養することができます。青いタイプは、15個のディッシュが入り、1個のディッシュで16個の胚を培養することができます。いずれも1個のディッシュに1カップルずつ用います。
インキュベーターに内蔵されたカメラは固定され、ディッシュの置かれた円盤が6分ごと回転して胚を撮影しています。
タイムラプスインキュベーターは、不具合が起こらないように定期的にメンテナンスを行っています。

加藤レディスクリニック 加藤 恵一 先生

経歴

  • 2000年
  • 金沢大学医学部卒業
  •  
  • 金沢大学医学部産科婦人科学教室入局
  • 2001年
  • 国立金沢病院勤務
  • 2002年
  • 国立病院東京災害医療センター勤務
  • 2005年
  • New Hope Fertility Center勤務
  • 2007年
  • 加藤レディスクリニック勤務
  • 2011年
  • 加藤レディスクリニック診療部長
  • 2013年
  • 加藤レディスクリニック院長に就任

資格

日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医
日本人類遺伝学会 認定臨床遺伝専門医
日本受精着床学会 理事
日本A-PART 副理事長

協賛:ヴィトロライフ(株)

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