不妊治療の先生に聞いてみた

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40歳以上の患者様にも寄り添ってできるだけのことをしたいですね
【山王病院:女性医療センター/リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門 堤 治 先生】

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日本の生殖医療は社会的な問題も含め課題があります

東京では分娩施設としても有名な山王病院。1937年に誕生し、「お産の山王」として長年親しまれてきた山王病院に、リプロダクションセンターが開設されたのは、1996年のこと。

現在、リプロダクション・婦人科内視鏡部門長として生殖医療を牽引しているのが、堤治医師です。堤医師といえば、2001年、皇后陛下雅子さまご出産にあたり、愛子さまをとりあげた医師として社会にも広くその名を刻んだ名医です。同医師は、東大卒業後、1979年より卵子研究に携わり、2008年に東京大学産婦人科教室教授から山王病院に着任、日々診療にあたっています。

また、日本受精着床学会、日本産科婦人科内視鏡学会の理事長を歴任するなど、学会活動でも活躍している医師です。本日は、その先生に「年齢と不妊治療」についてお話を伺いました。

日本はART件数、出産児数は世界最高レベルなのに、ARTでの妊娠率は最下位なのです。

年齢因子は、非常に大きな難しい因子だと思っています。実際に日本のART(生殖補助医療)の現状をみても、課題がみえてきます。

日本は、世界でも体外受精実施施設が多い国で、その実施件数も世界最高レベルです。したがって、体外受精によって生まれたお子さんも多いのですが、一方で、体外受精による妊娠率は世界で最下位なのです。

その原因として、世界で実施されている体外受精の平均的な年齢は35歳ほどなのに対し、日本では40歳と高く、生殖年齢的にも非常に厳しい年齢での患者さんが多いということです。当院でも40歳を超える患者さんも多く、その人たちにどのように結果を残すか苦戦をしておりますが、確実に妊娠される人はでています。

本日も、45歳以上の人を何人も診察し、中には妊娠中の48歳11カ月の方もいらっしゃいました。妊娠経過は順調です。

そのような状況下での「年齢と不妊治療」の話になります。

このテーマは、私も日々考えていることですので、今日はその話をさせていただきます。

みなさんの中には、年齢が上がると妊娠しにくくなるのではないかと直感的に思う人もいれば、それを全く知らない人もいらっしゃいます。

ここに私が調べたデータがあります。それは、結婚して子どもを作ろうとしてから、妊娠するまでの期間の統計です。

これは不妊治療をしたわけではなく、自然妊娠した人の場合です。だいぶ昔のデータですが、見ていただくと、やはり女性の場合は、年齢が上がるにつれて、妊娠までに時間がかかるということがわかります。

男性の場合は、年齢が相手の女性の年齢と比例するので全体でみると右肩上がりになるのですが、相手の女性を20代に限って調べてみると、男性の年齢が上がっても、妊娠率にそんなに差がないというデータになりました。

特によく見ていただきたいのは、先日、厚生労働省から発表された、「出生数及び合計特殊出生率」です。それによりますと、出生数が70万人台というのは史上最低レベルですし、合計特殊出生率1.26も最低レベルです。

出生数は減っているけど、体外受精で生まれる方は増えています。

この図に、体外受精の出産者数を重ね合わせると、出生数は減っているけれど、体外受精で生まれる人は増えております。

一番最近のデータ(2021年)では、11人に1人は、体外受精で生まれているということになります。

また、出生数は下がっていますが、よく「夫婦の理想とする子どもの数」のアンケートをとると、統計では2.5人です。しかし、実際には1.26人という数字が示すように、理想に到達していないことになります。そのギャップがどこにあるかということは、とても大事なことだと思います。

重ね合わせたものを一つ見ておきますと、凍結保存技術とともに年々体外受精の成績も向上しています。

当初は30代の人に行っていた体外受精ですが、現在は40~43歳と幅が広がっております。

特に、当院では年齢制限は設けていないので、40代後半の人の治療も行っております。

人口動態を見てもわかるように、お母さんの年齢が40~44歳で生まれる子が46,336人。45歳以上で生まれる子が、1,658人です。

このことから45歳以上でも、相当数の人がお産をされているということがわかります。これはつまり不妊治療の成果なのですが、40歳が受診のピークで、40歳以上で治療を受ける人がとても多いことから、体外受精全体での妊娠率は低いのです。

35歳と45歳の比較データでも、違いははっきり分かります。

当院の成績で35歳と45歳を比べてみると、採れる卵の数が10分の1に減ることがわかります。さらに、移植した場合の着床率も10分の1に減ります。つまり、総合的に見た着床率は100分の1に減るということです。それは100倍大変だということです。

1回で妊娠する人が、100回治療を受けることになります。現実的には、そんなに受けられないわけですから、やはり40歳以上の方が、妊娠・出産を希望する限りは、不妊治療を頑張ったけれども、それでも妊娠できなかった人がいるということです。私たちはそのことを考えていかなければならないと思います。

高齢女性のARTの成績を集めたデータからは…

高齢女性のART成績を集めた最近のデータがありまして、39歳までの人は移植をすると、40%ぐらいの着床率です。

保険適用されるギリギリのところの40~42歳は17.4%になり、ガクッと減っております。

そして、43~44歳という保険が適用されなかった人たちは5.5%です。

45歳以上になりますと、1.9%です。当院には、45歳以上でも年に何人かは妊娠されている人がいらっしゃいますが、その陰では、頑張ったけれど妊娠できなかった人もいます。

それを忘れてはいけないと思います。

日本人は生殖に対する知識が非常に乏しいです。

日本人の生殖に対する知識は、世界の先進国の中で調べると最低レベルであるという論文もあります。卵子がそれなりにエイジングの変化を受けるということを、十分に知らないまま年齢を重ね、子どもを作ろうと思った時には、「そんなことは知らなかった。もっと早く教えてくれればよかった!」という人もいらっしゃいます。

ですから、このような機会に強調をしたいのですが、日本では、プレコンセプションケア(妊娠前のケア)が欠如しているために、妊孕性に関する知識や性や、生殖に関する知識がないまま、ライフプランを立ててしまっている、あるいはライフプランが立てられないでいる、という問題があります。

社会として、結婚・妊娠・出産・子育てを安心して、働きながらできる体制が整っていないということもあり、どうしても後回しになり、不妊治療が増えるということです。

治療のステップアップも時間との闘いになります。

不妊治療のステップというのは、スクリーニング検査をしてから、(結果にもよりますが)まずはタイミング療法があります。その先に人工授精があり、自然妊娠を希望される人の中には腹腔鏡というステップがありますが、日本では、体外受精というステップが今一番盛んで、世界でも有数の体外受精実施国です。

最新の統計では11人に1人ですが、現在も増え続けており、10人に1人を超える可能性もあります。

ステップアップのタイミングは、やはり年齢を基準に当院は考えていますし、おそらく他の施設も同じかと思います。

30代半ばまででしたら、1年ぐらいは基本的な検査、あるいはタイミング療法、人工授精を行います。30代後半ぐらいになると、当院で一つの目安として6周期以内、40歳を超えた場合は、3周期で妊娠されればいいけれども、そうでなかったら、体外受精の提案をさせていただきます。ステップアップでも、年齢はやはり重要な因子となりますので、時間との闘い、というところがあります。

提供卵子による成績、卵子凍結も考慮しましょう。

妊娠成績は、35歳ぐらいから下に傾いて、40歳を過ぎると年々下がり、治療費も大幅に増えていきます。

世界では、卵子提供はすでに拓けた治療法という状況で、卵子提供による治療での着床率は、年齢が40歳でも50歳でも右グラフのように下がる率は減ります。臨床的には、ロシアでは65歳の三つ子が報告されたり、74歳のインド人が妊娠したケースもあります。ホルモン補充をすれば、子宮は機能して妊娠するわけです。

先程申したように、35歳と45歳を比べれば採れる卵子が10分の1に減り、着床率が100倍大変になるというギャップもあリ、海外では卵子提供を選択する方も多いのです。

生殖医療での時計は、逆戻しはできません。止めることはできます。それが最近話題になっている(未受精)卵子凍結です。

卵子は、採卵する時点までは母体と同じ年齢です。それを採卵することで卵子の加齢を止めます。

現在の体外受精の場合、凍結融解胚移植で9割以上の人が、一定の凍結期間後に移植しています。それで9割以上の人が生まれています。日本の凍結技術はとても高いです。

もちろん、卵子が受精するかどうかのステップがあることもしっかり理解しておかなければなりません。

この卵子凍結に関しては、医学的な卵子凍結として、がん治療などによる卵子への影響を避けるためのケースと、社会的卵子凍結といって、未婚の女性が将来に備えて行うケースがあります。

欧米では2013年頃に、立証段階といわれ、アメリカ生殖医科学会がガイドラインを出して、行われてきています。そのため特に米国で、有名な企業では企業イメージや企業価値、そして女性にとって働きやすい環境づくりの一環として卵子凍結が認識されています。日本でも企業単位で助成制度が始まっており、東京都も2023年から都民に助成制度を開始したところです。

最後に

本日は、生殖医療の現状を知っていただき、プレコンセプションケアへの意識を高めることの大切さや、社会の課題を含め、年齢と不妊治療の現状のお話をしました。

この他にも、年齢と不妊治療に大きく関係してくるお話として、再生医療や染色体検査などがあります。
これらの話題となる情報は、当院のホームページに掲載がありますので、ご覧ください。

山王病院 名誉病院長
女性医療センター/リプロダクション・婦人科内視鏡治療部門長
堤 治 先生

経歴

東京大学卒、医学博士
前山王病院病院長
元東京大学医学部産婦人科教室教授
元東宮職御用掛
米国国立衛生研究所(NIH)留学
前日本受精着床学会理事長
元日本産科婦人科内視鏡学会理事長
元アジア・パシフィック産科婦人科内視鏡学会理事長
産婦人科PRP研究会代表世話人
日本生殖医学会代議員
中日友好病院(北京)名誉教授
国際医療福祉大学大学院教授

専門医

日本専門医機構認定産婦人科専門医
日本生殖医学会認定生殖医療専門医
日本産科婦人科内視鏡学会技術認定医
日本内視鏡外科学会技術認定医
母体保護法指定医師

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