不妊治療の先生に聞いてみた

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「赤ちゃんを授かりたい」その願いに応えるために
【聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター 洞下由記 先生】

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神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院は、総合診療内科や一般外科、産科、婦人科、小児科など34の診療科と、救命救急センター、生殖医療センターや総合周産期母子医療センターなど30の診療施設があり、地域医療から一般の医療機関では実施が難しい高度な専門医療を提供する、特定機能病院としての役割も担っています。

2000年に開設された生殖医療センターでは、タイミング療法や人工授精などの一般不妊治療を始め、体外受精や凍結融解胚移植などの生殖補助医療を手掛け、早発卵巣機能不全外来、がん・生殖医療外来、卵管不妊外来、不育症外来、遺伝カウンセリング外来、生殖医療カウンセリング外来などの専門外来があります。通院されるのは、地域にお住まいのカップルから早期卵巣不全(POI:Premature Ovarian insufficiency)や内科的治療が必要な女性、また、がん・生殖医療に関しても積極的に取り組み、いわゆる一筋縄ではいかないカップルの「赤ちゃんを授かりたい」という願いに応えてきました。

梅雨が明け、青空が広がる7月初旬、アイジェノミクス・ジャパンのみなさんと一緒に、聖マリアンナ医科大学生殖医療セ
ンターの洞下由記先生を尋ね、その取り組みをうかがってきました。

保険診療が始まって、比較的若い患者さんが増えています。

初診患者に20代や30代前半の比較的若い年齢層のカップルが増えてきました。30代前半までに治療に取り組むことができれば、治療期間も短く、第二子を授かる可能性も高くなりますので、治療へのアクセスが良くなったことは保険診療になったメリットの1つのだと思います。

しかし、年齢を問わず「保険診療になるのを待っていました」という声も多く聞かれ、経済的理由から不妊治療をためらうカップルが多かったのだと、あらためて感じています。

これまでも助成制度はありましたが、支払う医療費は高額で、ある程度戻ってくるとは言っても、一度は医療費を用意しなくてはならず、その経済的負担は大きかったと思います。

これも保険診療になったメリットの1つだと考えています。

診療や治療方法については、これまでと大きく変わったことはありません。ただ、これまで用いていた薬が使えなかったり、保険診療で使える用法や用量の範囲を守らなければならない薬については工夫が必要です。それについては、一人ひとりの患者さんに合わせて治療を進めています。

実際、保険診療による体外受精での妊娠例も出始めています。

私たち生殖医療センターの体外受精治療周期は、排卵誘発→採卵→培養→胚凍結→凍結融解胚移植→妊娠判定と進めていくことが多いです。

内科と協力して治療を進めることもあります。

通院されてくるカップルのなかには、内科的な治療が必要な人や早発卵巣不全(POI)など、難治性不妊症の人も多くいます。

内科的な治療とは、糖尿病や甲状腺機能障害などで、内科と協力しながら治療を進めていきます。

こうした内科系疾患を持っている場合は、妊娠後のケアも重要で、流産や不育症が心配な人もいます。そこで妊娠後についても、私たち生殖医療センターは、産科と内科に協力して出産までケアすることもあります。

このように、院内で複数の診療科の医師が協力して患者さんを診ることができます。患者さんはあちこちの医療機関へ通院することなく治療を受けることができるので、通院負担や診療科間の医師の連携不足による心配や不安が起こりにくいというメリットがあります。

そして、母体や赤ちゃんに何かあれば、総合周産期母子医療センターでの治療が可能です。もちろん、何もないことが一番ですが、内科的な治療、不妊治療、そして出産と、トータルケアができます。

早発卵巣不全の人たちの最後の砦に!スタッフ共通の思い

早発卵巣不全の場合、クリニックから紹介で転院してくる人や、ご自分で探されて転院してくる人も少なくありません。なかには、ブライダルチェックでAMH値が低かったのでと、相談に来る人もいます。

これまでの治療では妊娠できなかった、または卵子が育たない、胚移植までたどり着かないという人たちが、私たちの生殖医療センターに希望を持って来るわけです。ですから、私たちスタッフは、ここが「最後の砦」なんだと考え、赤ちゃんを授かるためにさまざまな可能性を探って治療を行い、一人ひとりに向き合っています。

具体的な治療方法は、一人ひとりの卵巣機能やAMH値などによって違いはありますが、妊娠例もあります。

卵子が確保できない、また非常に難しいという点では、40歳を過ぎた高年齢の人と早期卵巣不全の人は共通の悩みに思えますが、早期卵巣不全の人は30代と比較的若いので、卵子の質が保たれているケースも少なくありません。

ただし、治療をすれば赤ちゃんが授かるとは言えません。早発卵巣不全の排卵誘発は難しく、厳しい面もあり、卵子が確保できなかったり、胚が育たなかったりと、治療をしても赤ちゃんが授からないカップルもいます。

時間的猶予が少ない人も多く、ためらっていることが、可能性を低くしてしまうこともあります。なので治療を希望するなら、早い方がいいですから、40歳未満で月経が不順だったり、3カ月以上月経が訪れないようなら、1人で悩んでいないで、一度、相談にきてください。

早発卵巣不全

難治性不妊症と先進医療。できることは、なんでもやりたい

難治性不妊症のなかでも、とくに早発卵巣不全の人が胚移植に臨む場合、その1回の胚移植は大変貴重な治療周期になります。次に採卵をしても卵子が確保できないかもしれないですし、採卵できたとしても、それが移植に至る胚に育つかどうかはわかりません。もしかしたら、この胚移植が人生で最後になるかもしれないという重要な周期です。

そのため、この胚で妊娠し、赤ちゃんを授かるためには「できることはなんでもやっておきたい」と考える人も少なくあり
ません。

そこで、TRIO検査(ERA、EMMA&ALICE)を希望する人もいます。ただ、検査結果を見ると、早期卵巣不全の人で着床の窓にズレがある人は、あまりいません。

TRIO検査

子宮内フローラについては、ラクトバチルスが足りない人は多くいます。しかし、これは早期卵巣不全の人だけではなく、体外受精に臨む人の多くにいます。

早期卵巣不全の人は、比較的年齢が若いので、エイジングの問題は少なく、凍結融解胚移植周期をホルモン補充療法で行えば、内膜も十分に厚くなることがほとんどです。

子宮内フローラについては、ラクトバチルスが多くなるように治療を行うことで改善すれば、着床環境を整えることができます。

逆に、これら検査の結果から、問題が見つかるケースは高年齢の人に多く、エイジングが着床の窓のズレや、子宮内フローラの乱れと関係しているのではないかと考えています。ですから高年齢の人は、TRIO検査を行ってから移植を検討してもいいと思います。

保険診療のオプションとしてTRIO検査を実施するケースもこれから徐々に増えていくのではないかと思います。

がん・生殖に臨む自分の命と新しい命

私たち生殖医療センターで力を入れていることの1つにがん・生殖があります。

がん治療のために抗がん剤が必要になった場合、女性なら卵巣へのダメージ、男性なら精巣へのダメージを考え、卵子や精子を凍結保存することで、将来の妊娠、出産に備えることができます。

独身男性の場合は、射出精液を洗浄、濃縮して精子を抽出して、凍結保存をします。

独身女性は、排卵誘発、採卵を行い、卵子を凍結保存します。すでに結婚されている人は、排卵誘発、採卵を行い、精子と受精させて胚を凍結します。

パートナーのどちらかに抗がん剤治療が必要な場合でも、基本的には胚を凍結します。

排卵誘発方法としては、月経周期のいつからでも開始できるランダムスタート法を行うことが多いです。がん治療までに時間がない場合は、月に2度の採卵を行うDuoStim法(double stimulation:ダブルスティミュレーション)を行うこともあります。

卵子の質は、採卵したときの年齢相当と考えていいでしょう。

小児がんの女の子の場合は、卵巣組織を凍結保存し、将来に備えます。

抗がん剤治療を受け、乗り切っていただく、まずは自分の命を最優先させることが重要ですが、いつか好きな人ができて、結婚したい、子どもがほしいと考えるのは、とても自然です。

それをがんになったから諦めるのではなく、卵子や精子を凍結しておくことで、諦めずに「新しい命」を臨むためのがん・生殖外来です。

がん治療が終了し落ち着いたところで、採卵した卵子からできた胚を移植して、妊娠へ臨みます。がん治療により閉経してしまっている場合には、凍結しておいた胚が妊娠に臨める可能性の全てです。私たちスタッフも、本当に祈るような気持ちで胚移植に臨んでいます。

がんについては、妊娠を希望して受診された人、なかには妊娠検査のための診察で見つかる人もいます。

女性では、子宮頚がんや乳がんがありますが、1年に1回は、婦人科検診を受け、子宮頚がん検診を受けましょう。

また、母親や姉妹などで乳がんになった人がいる場合は、年齢を問わず自己検診も含め、検診を受けることも大切です。

不妊治療が終わった後を考える

私たち医師や看護師、培養士などのスタッフは、患者さんが子どもを授かりたいと願った時から妊娠、出産を目指して一緒に治療に取り組んでいきます。しかし、治療成績は100%ではありません。

不妊治療を行うことになった背景や原因が何であったとしても、また治療して赤ちゃんが授からなかったとしても、悩んで悩んで選択したことは、どれも正解です。正しい知識を持って、自分にとって良いと思える選択と決断をしていってほしいと思っています。

また、そうしたことへのケアや情報の提供も、社会の中で優しく広がっていけばいいなと思っています。

聖マリアンナ医科大学病院 生殖医療センター 洞下(ほらげ)由記 先生

経歴

  • 2002年
  • 東京医科大学医学部医学科卒業
  • 2009年
  • 聖マリアンナ医科大学 大学病院 助教
  •  
  •  聖マリアンナ医科大学病院 産婦人科医長

資格

医学博士(聖マリアンナ医科大学 2008年取得)
日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医

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