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ERA検査などの先進医療だけでなく
患者さんが治療にアクセスしやすい環境づくりを!
【松本レディースリプロダクションオフィス 松本 玲央奈 先生】
2022年4月から保険診療が始まり、もうすぐ1年を迎えようとしています(取材当時)。この1年を振り返って、不妊治療を受ける環境や患者さんには、どのような変化があったのでしょう。
また、問題となっていること、改善するべきことには、どのようなことがあげられているのでしょう。そして、先進医療については、どのように診療に取り入れられているのでしょう。
今回は、先進医療のなかでも、子宮内膜受容能検査(ERA検査)、子宮内細菌叢検査(EMMA・ALICE検査)を扱うアイジェノミクス・ジャパンのスタッフと一緒に松本レディースリプロダクションオフィスの松本玲央奈先生を訪ね、治療の現場からフェムテックまで、たっぷりとお話を伺いました。
保険診療がはじまってどのような変化がありましたか?
患者さんの人数に大きな変化はありませんが、若い年齢層の患者さんが増えました。5月ごろから保険診療での体外受精治療を開始する患者さんがだんだんと増えてきました。
先進医療については、タイムラプスインキュベーターをはじめ、多くの認可を受け、実際に患者さんに提供しています。
今日の取材テーマのERA検査は、反復して着床しない患者さんにお勧めする検査で、胚の着床しやすい時期となる着床の窓を調べ、その結果に沿って凍結融解胚移植を行い妊娠を目指します。しかし、着床しない理由は卵子の質、胚の質による影響が大きく、年齢を重ねることで起こる卵子の質の低下から着床が難しくなります。そのため、反復して着床しない患者さんは比較的年齢の高い人に多い傾向にあります。着床の窓にズレがあるという結果に対しては年齢よりも、子宮の環境や子宮やその周囲の手術歴などが要因となって、着床の窓にズレが生じるのではないかと考えています。
ではERA検査は、あまり重要ではないのでしょうか?
そんなことはありません。
ERA検査は、とても大切な検査です。なぜなら、十分に着床が期待できる胚でも、着床の窓にズレがあれば着床は難しくなるからです。
年齢が高い場合、卵子の質の低下から着床に結びつきやすい胚と巡り合う機会が少なくなります。そのなかで、いい胚と巡り合っても、着床の窓にズレがあれば着床が難しかったり、生化学的妊娠になったりするかもしれません。妊娠判定が陰性だったとき、またhCG値が低くて妊娠が継続できなかった時になって「あぁ、卵子の質が良くなかったのかもね」と診てしまったら、また同じことの繰り返しをしてしまうことになりかねません。良好胚を移植しても反復して着床しない場合は、どこに要因や原因があるかを、さまざまな角度から考え、あらゆる可能性を考えながら治療を進める必要があります。とくに年齢が高い場合は、もしかしたら、次の胚移植が最後のチャンスになるかもしれません。そう考えれば、先進医療にあるさまざまな検査や医療技術も適応があれば検討するべきだと思います。
ただ、ERA検査などは先進医療のなかでも高額な検査費用がかかります。対象になる患者さんにはご案内しますが、最終的に検査を受けるか受けないかは、それぞれの患者さんの考え方次第です。
最近では多くの自治体で先進医療に関する助成制度がつくられ、東京都でも体外受精にかかる先進医療の費用の一部を負担してくれるようになりました。そうした制度を上手に活用しながら、治療を受けて欲しいと考えています。
保険診療がはじまって、治療は受けやすくなったのでしょうか?
保険診療がはじまり医療費の負担額が軽減されたことで治療は受けやすくなったと感じています。
これまで不妊治療を始められなかった、または治療を続けられなかった大きな理由に高額な医療費がかかることがあげられていました。それが保険診療になって医療費負担が軽減されたことで、私たちクリニックでは、とくに若い年齢層のカップルの受診が増えました。
保険診療になって経済的なことが理由となって立ちはだかっていた治療への壁が崩れましたが、もっと治療を受けやすくするためには、他にも壊さなくてはいけない壁があるのです。
体外受精の前に立ちはだかる3つの壁とは、なんですか?
この壁の1つ目は、さきほどもお話した経済的な壁です。
保険診療がはじまって、医療費の負担額が減ったことで、この経済的な壁は大変低くなりました。さらに先進医療として行った治療分については、多くの自治体が助成制度を開始していますので、ERA検査などの高額な検査や治療にかかる医療費も軽減され、受けやすくなってきました。
そして、2つ目がアクセスの壁です。
アクセスの壁には、物理的な壁と心理的な壁の2つがあり、物理的な壁としては治療施設の立地や地域差があります。
都市部には多くの治療施設がありますが、地方にはまだまだ少なく、地域によっては2時間も3時間もかけて通院する患者さんもいらっしゃいます。
通院するのが大変だから不妊治療を諦める、または通院に時間がかかるので仕事を辞めて治療に専念せざるを得ないという方もいるのです。そうではなく、現状の生活を保ったまま治療がはじめられる、または続けられる環境づくりも大切です。
そこで、近くの産婦人科などで排卵誘発などの注射やエコー検査、ホルモン検査などをしてもらい、採卵や胚移植は2時間、3時間はかかりますが、治療施設へ通院してもらうシステムづくりなども構想しています。
また心理的な壁には、妊娠の仕組みや不妊原因などの基礎的な知識不足や検査、治療に関する情報不足からくる不安があります。「痛い」「怖い」「何されるかわからない」という思いから治療を遠ざけてしまったり、先送りにしてしまったりする人が1人でも少なくなるように。「知らなかった!」だから治療が遅れてしまって、妊娠が難しくなったという女性が1人でも少なくなること、そして、本当は治療が必要なことに早く気がついて、治療をはじめられる人が1人でも増えるように情報提供することも、治療へアクセスしやすくする方法の1つだと考えています。
そして、3つ目は機会(チャンス)の壁です。これは、たとえば仕事か?治療か?の選択に迫られるような状況で、仕事やキャリアを諦めて治療をすること、またはその逆で仕事やキャリアを優先して、妊娠や出産を先延ばしにしたり、諦めたりすることがないように、妊娠、出産をする女性だけでなく、パートナーになる男性も、そして企業が知識や理解を深めていくための情報提供や働きかけも重要です。
このような経済的な壁、アクセスの壁、機会の壁があるために治療がはじめられない、続けられない、または諦めなくてはならないという状況を壊す、または崩し、治療を受けやすくすることが、これからの社会には重要になってくると思います。そのために、一般社団法人メディカル・フェムテック・コンソーシアムを立ち上げ、産婦人科医が中心となって、さまざまなことに取り組んでいます。
その取り組みは、女性が輝いて生きること、女性が健康に過ごすために安心して使えるフェムテック製品やサービスを普及させることなどが目的で、そのなかに3つの壁を崩し、治療を受けやすくするための取り組みもあります。
治療を受けるカップルの間には壁はないのでしょうか?
女性は家で家事や育児をして、男性は外で働いてという時代から、女性も男性も同じように家事や育児、仕事を持って生活するという時代になってきています。ただ、世代間のギャップはあるので、会社や社会のなかで、なかなか受け入れられなかったり、良かれと思って言っていることもあったりと、それぞれに理解の相違があることも少なくありません。
たとえば、保険診療で体外受精を受ける際には、治療計画に関してカップルが同席して医師から説明を受け、治療計画について理解し、納得できたら体外受精治療周期をスタートできます。
しかし、さまざまなカップルがいて、平日の昼間にふたりが揃って通院することが難しいケースも少なくありません。
たとえば、お互いが仕事を持っているカップルの場合、ふたりが同じ日に休みを取るのは大変です。
また二人目不妊の場合は、誰かに、またはどこかに子どもを預けることが必要になるケースもあるでしょう。どちらかが子どもをみてて、どちらかが体外受精の計画を聞くということのほうが現実的です。近くに頼れる家族がいれば安心でしょうが、そうとは限りません。
ふたりが同席しなければ、保険診療による体外受精が始められないという強制はポジティブではありません。もちろん、カップルによってはふたりで話を聞くことが良い方向に向くこともあります。
東京都では、ビデオ通話も可能になっていますが、それも会社の体制や規模によっては十分なプライバシーが守れないことがあるかもしれません。
カップルごとに、いろいろな形や事情がありますから、それを鑑みながら治療を進められ、時代にあった形で保険診療による体外受精に変えていくためには、医療現場や患者さん自身の声も必要になってくるでしょう。
ERA検査の話から、ずいぶんと広い話になりましたが、赤ちゃんが欲しいと考えるカップルに治療が必要になった時、大きな壁や高い壁がなく治療へとスムーズにアクセスできるようにフェムテックの活動を通して努めていきます。また、実際の治療ではERA検査などの先進医療を含め、十分な医療提供ができるように努めてまいります。
クリニックで過ごす時間もストレスの少ないよう、患者さんたちも、そして私たち医療スタッフにも良い環境づくりも考えて、今、着々と進めています。
松本レディースリプロダクションオフィス
松本 玲央奈 先生
経歴
- 2007年
- 聖マリアンナ医科大学卒業
- 2010年
- 東京大学産婦人科学教室 入室
- 2011年
- 長野県立こども病院総合周産期センター 医員
- 2012年
- 東京北医療センター 医員
- 2013年
〜
2017年 - 東京大学大学院医学研究科博士課程 医学博士
着床の研究に従事 - 2017年
- 虎の門病院 医員
- 2018年
- 松本レディースリプロダクションオフィス 院長
- 一般社団法人メディカルフェムテックコンソーシアム 理事長
- 2021年
- 医療法人社団愛慈会 理事長
- 2022年
- JISART 理事
資格
医学博士(2017年 東京大学大学院医学研究科)
日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医