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胚移植しても、妊娠できない…それは胚の問題?
それとも子宮の問題?
EndomeTRIO検査をしてみよう!
【エフ.クリニック 藤井 俊策 先生 山本 幸男 胚培養士 代田 圭 胚培養士 】
10月初旬、りんごの美味しい季節に青森のエフ.クリニックをアイジェノミクスのスタッフと一緒に訪ねました。
凍結融解胚移植をするにあたり、それが良好胚であれば、治療を受けるカップルだけでなく、医師や胚培養士の期待も高まります。しかし、その期待に反して着床しなかった場合、そのショックは計り知れません。それが「何度も胚を移植しているのに、着床しない」となれば、なおさらのことです。また、それは「胚の問題」なのでしょうか?それとも「子宮の問題」なのでしょうか?
2022年4月から体外受精にも保険が適用されるようになりましたが、年齢と胚移植の回数には制限があります。
体外受精を受けるカップルは、その制限内に妊娠が成立し、赤ちゃんを授かりたいと願っているわけですから、次の胚移植は十分に備えて臨みたいところでしょう。
そこで今回は、エフ.クリニック院長の藤井俊策先生と胚培養士の山本さん、代田さんを訪ね、「何度も胚移植しているのに着床しない」ことについて、「胚の問題」そして「子宮の問題」から詳しくお話をお聞きしました。
良好胚を複数回移植しているのに着床しないのは胚の問題?
それとも子宮や着床環境の問題?
形態良好胚を複数回移植しても着床しない反復着床不全は、移植できる胚が得られたという事実から考えても、胚よりも子宮や着床環境の問題が大きいことが考えられます。そのような患者さんたちは、高年齢だから多いとは一概には言えず、若くても、なかなか着床しないという人もいます。
エフ.クリニックでは、凍結融解胚移植の累積妊娠率は1回目が約50%、2回目で約60%、3回目で70%を超えます。このことから約30%が反復着床不全と診断されることになりますが、実際は2回不成功だった場合には何か問題があるかもしれないと考えて対応しています。
着床環境を改善する方法として大きく2つあり、EndomeTRIO検査とPRP療法(多血小板血漿療法)があります。
中でもEndomeTRIO検査については、約70%で着床の窓にズレがあったり、子宮内細菌叢に問題が見つかったりするため、移植時期を変更したり、細菌叢を改善することで約60%が妊娠します。
PRP療法は、保険が適用されず医療費が高額になるため、難治性着床不全の人を対象に行っています。PRP療法後の妊娠率は、子宮内膜の薄い人の場合は約45%、それ以外の反復着床不全の人の場合は約35%でした。このことから反復着床不全の約半数以上は、子宮や着床環境を改善することで妊娠したことになります。(下表参照)
一方、胚の問題への対処にはタイムラプス型インキュベーターを用いての胚培養やPGT-Aがあります。ただ、タイムラプス型インキュベーターが良好胚への発育に本当に役に立っているのかは、はっきりとしたことがわかっていません。また、PGT-A後に移植可能になった胚での妊娠率も日本産科婦人科学会の報告では約70%です。
子宮の形の問題や抗リン脂質抗体症候群など原因が明らかな不育症は、PGT-Aの適応にはならないため、PGT-Aによって妊娠するカップルは全体の5分の1程度に過ぎません。ただし、高年齢の女性の場合では、胚の染色体の問題が繰り返し起こることで、着床が難しくなっている可能性があることも確かです。
胚の問題には、何がありますか?
起こる要因には何が?
胚に起こる問題には、卵子の染色体の数の問題や、抗セントロメア抗体(自己抗体の一種)による細胞分裂問題などが知られています。とくに、卵子の染色体の数の問題は、年齢を重ねることで増加することがわかっています。また、子宮内膜症も胚の発生に問題を起こす可能性があります。
しかし、ほとんどは原因を特定するこはできません。
このような問題は、卵子が減数分裂の際に染色体の分配がうまくいかなかったとき、受精や胚が発生するときと、どの過程でも起こります。
染色体の数の問題は受精後も引き継がれますが、卵子の染色体の数に問題がなく受精や胚発生のときに起こった問題は、年齢を重ねることで、それらを修正する機構がきちんと働けなくなっているのかもしれません。
培養をしていて、そのような問題が起こっていることはわかる?
それとも、わからない?
タイムラプス型インキュベーターでの培養は、受精から胚発生、発育の過程を動画のように観察することができます。
たとえば、着床した胚と着床しなかった胚を比べると、着床した胚では胚盤胞への到達速度は速いのですが、これ以上速ければ良いとか、これよりも遅かったらダメという線引きはできません。
一般的には、順調に、見た目がよく発育していく胚は問題が少なく、着床しやすい、妊娠に結びつきやすい胚とされていますが、実際には問題のある胚もあります。胚の評価として最も注目するのが、胚盤胞ですが、胚に問題があると確定できるようなマーカーがないので、タイムラプス画像では正常胚かどうかを見分けるのは難しいと考えています。
また、受精から胚発生、胚発育をしていく際に問題がある胚として、多核(1個の細胞の中に複数の核がある)、逆行性分割(細胞数が減る)、直接分割(胚発生時にいきなり3個以上に分割する)、カオス的分割(胚発生時に多くの細胞へ分割する)などについても着床するか否か、胚の染色体に問題があるかないか(PGT-Aや絨毛染色体検査の結果)などの関連も見出せていません。PGT-Aは、着床して赤ちゃんが生まれてくる可能性が高い胚を選ぶ技術です。問題がある胚は、移植しないため流産を予防することはできますが、反復着床不全の治療にはならないと考えています。
このように形態学的評価にPGT-Aを追加しても、正常胚の判別には限界があり、現在の技術では胚にどのような問題が起こっているのか、実際のところはわからないと考えています。
子宮や着床環境の問題には何がありますか?
起こる要因には何が?
一般的に行う検査ではエコーで子宮の病気がわかります。子宮内膜ポリープや粘膜化筋腫、子宮内腔の癒着などが見つかった場合は、子宮鏡下手術をオススメしています。中核子宮など子宮内腔が別れている問題が見つかった場合も、全例ではありませんが、手術をオススメすることがあります。
子宮腺筋症も着床を妨げる可能性がありますが、治療が難しく、苦慮することが多い病気です。子宮腺筋症の場合は、偽閉経療法を行い、病巣を小さくしてから胚移植をしたり、病巣がしこりのようになっている場合は、腹腔鏡手術で切除することで着床環境を改善することができるかもしれません。
このような病気のほかにエコー検査でわかるのは子宮内膜の厚さです。
反復着床不全の人のなかには、子宮内膜が薄く、なかなか厚くならないケースがあります。このようなケースに対してはPRP療法が有効だと考えています。まだ研究的な面のある治療ですが、子宮内膜が厚くならなくても妊娠することがあるので、多血小板血漿に含まれる成長因子やサイトカイン(細胞同士の情報伝達により、免疫細胞を活性化させたり抑制したりする働きを持つ)の作用もあるのかもしれません。
エコー検査で判断できない問題には、着床の窓のズレや子宮内膜の細菌のバランスの問題があげられます。これはEndomeTRIO検査で調べることができます。高額な検査ですが、先進医療として保険診療と併用することができるため、良好胚を移植しても着床しない、妊娠が成立しなかった人へ積極的にオススメしています。
検査の結果から、移植時期が個別化できることから良い結果が得られています。ただし、着床の窓は子宮内膜の細菌のバランスも影響していると私たちは考えています。加齢によって着床の窓が遅くなることは、すでに報告されていますが、細菌のバランスとの関連については臨床研究が必要です。そのため、EMMA検査を先に行い、問題があった場合はプロバイオティクス療法を行い、細菌のバランスが改善されてからERA検査を行って着床の窓を調べるという方法を検討しています。
胚の問題と子宮や着床環境の問題どちらを先に調べたらいい?
これまでお話してきたように、移植できる胚が得られているのに着床しないのであれば、まずは着床環境に問題がないかを調べることが先だと考えています。
そうしないと、せっかく得られた良好胚を無駄にしてしまうことになるかもしれないからです。
年齢を重ねてくると、受精し、胚は発育したけれど胚盤胞に到達しないケースも増え、初期胚での移植や初期胚での凍結を検討することもあります。胚盤胞にならなければPGT-Aができないので、やはり着床環境の問題がないかを調べ、移植に万全を期すことも大切になってくるでしょう。
山本胚培養士
胚の発生、発育にはミラクルが起こることもあります。あまり良い胚じゃないなと観察していても、妊娠されて、赤ちゃんになる胚もあり、その生命力に驚かされることがあります。
代田胚培養士
培養室でお預かりしている胚を観察していても、胚ごとに年齢の差を感じることはありません。でも、少しでも心配があればなるべく早く検査だけでも受けてほしいと思います。
治療に臨むカップルへ
良好胚を移植できたのに、着床しない、または妊娠が成立しないのは、一度でも落ち込んでしまうのに、それが繰り返しとなると、その落胆は計り知れません。次の胚移植は、うまくいくかもしれません。でも、同じ治療を繰り返すのは、医療者としても抵抗があり、何か方法はないかと検討を重ねています。しかし、着床には、まだまだ不明なことがたくさんあり、検査も治療も限られ、それらを受けたからといって100%着床するわけではありません。それでも、受ける価値はあると考えていますし、実際に妊娠例も多いのです。一歩一歩進み、一つひとつできることをやってみましょう。
エフ.クリニックには産科もあり、治療後は妊婦健診を受け、出産を迎えるカップルもいます。
ふたりで初診を受け、退院するときは赤ちゃんが1人増えて、家族を見送るのは、とても幸せな光景です。
ただ、一方で保険診療となったのに、日本では混合診療が認められていないため、新しい技術や治療方法、薬などを取り入れた場合の医療費は全額自己負担となり、経済的負担は、むしろ高くなってしまいました。自治体の助成制度や医療保険なども利用できる場合があるので、さまざまな情報を仕入れ、上手に活用していただきたいと思います。
エフ.クリニック
藤井 俊策 先生
経歴
- 1986年
- 弘前大学医学部卒業
- 1990年
- 弘前大学大学院修了
- 1991年
- 青森労災病院医長
- 1992年
- 弘前大学病院助手
- 1995年
- 弘前大学病院講師
- 1999年
- Adelaide大学(文科省在外研究員)
- 2003年
- 弘前大学大学院医学研究科准教授
- 2010年
- むつ総合病院産科部長
- 2011年
- エフ.クリニック院長
資格
医学博士
日本専門医機構 認定産婦人科専門医
日本生殖医学会 認定生殖医療専門医